第22話 追剥

 いつものカウンターではなく別室でジョナサンから金貨10枚を預かる。これだけまとまった本物の金貨を自分で手にすることは滅多にない。この間、王都で分配する前には24枚を目にしたが、あくまで見ただけだ。10枚ともなると持ち重りがする。一つ一つ打ち合わせた。高く澄んだ音がする。つまり、混じりけなしの本物だ。失くしたり取られたりしたら大変だ。安全な場所にしまう。


 町の門を出ると主街道を行く。少々遠回りだが、この道なら定時に騎馬隊の巡視がある分安全だ。くたびれた鎧を着て、継ぎの当たったマントを着ている見るからに金を持っていなさそうな俺を襲う奴もいないだろうが用心するに越したことは無い。期限までには余裕があるのだ。


 冬が近づいているのでティアナと一緒に旅した時に比べると日が落ちるのは早い。幸い天気が良く、月も出ていたので夜になっても歩き続けた。日中はそれなりにあった人通りが無くなり、道には俺一人のぼんやりとした影だけが長く伸びている。真夜中すぎにオーズ村を通り過ぎる。朝にノルンを出てこのオーズ村の宿に泊まるのがごく普通の旅程だ。


 俺はあまり村の宿には泊まらないことにしている。もちろん節約ということもあるが、基本的に相部屋なので物が無くなるトラブルが多いからだ。俺の物を盗めるやつはそうそういないはずだが、相部屋の誰かの物がなくなったときに面倒になる。この辺りの警備隊の連中は俺の職業を知っているので、まず第一に疑われるのは俺だ。


 俺は夜じゅう歩いて一つ先のパロ村まで行き、宿屋の食堂で朝食を取って仮眠するつもりだった。その日の泊り客で混み始める前に席を空ければ文句を言われることもない。他の旅行者と時間をずらすことで、追剥の襲撃のタイミングをずらす狙いもある。意外かもしれないが、街道は日中の方が危ないのだ。夜に待ち伏せをしたところで、そもそも歩いている人なんかいやしない。


 東の空の際が白くなり始める時分だった。夜通し歩いてさすがに少し疲れを感じ始めていた俺を猛烈な眠気が襲う。何か違和感を感じるが抵抗しきれずに俺はがっくりと地面に片膝をついた。まるで地面が柔らかなベッドのように俺の眠りを誘う。頭を振って目を覚まそうとするが、ついに地面に横たわって眠ってしまった。


 はっとして目を覚ます。頭の中にどろりとした豆のスープでも詰められたように頭が働かない。この感じには覚えがある。これは……これは、睡眠の魔法をかけられたときの感じだ。肩口のナイフを引き抜くと手の甲にぐさりと突き刺す。痛みで一気に覚醒した。


 懐に手を差し入れると金を入れる革袋がなくなっていた。俺は地面をこぶしで叩く。起き上がって周囲を見渡すが人影はなかった。全身を改める。ショートソードもあるし、ブーツも履いたまま、携帯食料などを入れたバックパックも取られていない。金貨10枚を入れた革袋だけがなくなっていた。犯人がどちらに行ったかの手掛かりは無い。


 俺は油断していないつもりだったが、どこかで高をくくっていたところがあったのかもしれない。夜に歩くことで道行く時間をずらす方法は特に狙う相手を定めていない追剥には有効でも、俺に的を絞って狙う相手には無意味だった。


 ガラガラガラという音が響いて近づいてくる。農夫が馬車に乗っていた。これから畑に行くのだろう。手を挙げて俺に挨拶する。俺も挨拶を返し不審がられないように道を歩き始めながら考えた。眠りの魔法の持続時間はそれほど長くない。その間に手際よく懐に入れた革袋だけを取って行ったということは最初からそれが狙いだったということだろう。


 眠っている俺に致命傷を負わせることは難しくないはずだが、それをしなかったのはなぜだ? いつ目覚めるか分からない不安な状態で物色するなら殺してしまった方が安心だ。馬車の農夫の存在に気が付いていた? 逃げ出す時間はあったのだから気にすることはないだろう。


 遠くにパロ村が見えたところでその考えが頭に浮かぶ。最初から俺を殺すつもりは無かったのだ。俺の死体が見つかれば、俺は可哀そうな犠牲者だ。金を奪われるという落ち度はあるにせよ、責任の追及はしづらい。一方で生かしておけば余計に苦しませることができる。


 俺が盗まれたと言っても誰も信じるわけが無い。いくら最近は信用が上がっているとはいえ無理だ。俺は金貨10枚を弁償する羽目になり、ティアナを手放さなければならなくなる。その考えに足取りは自然と重くなった。ブーツの重さを今まで以上に感じる。俺はジーナを家に連れていったときに背中に感じた視線を思い出した。


 すべてつじつまが合う。冒険者なら、この金貨輸送の任務のことを知ることは可能だ。俺が出かけた後で、さりげなく、あの任務はどうなったと聞けばいい。引受済みとなれば、あとは裏街道を通って先回りをするだけだ。これを仕掛けたのは、ゾーイだろう。俺は思わずふふと笑みが漏れた。完璧だよ。冒険者としてはへぼかったが、やってくれるじゃないか。


 俺が訴えたところで揉みつぶせる自信があるのだろう。確かに俺にはなんの証拠もない。推理の積み重ねがあるだけだ。今からノルンの町に戻ってできることはほとんどない。俺は疲れた足で歩く速度を上げる。まずはパロの村で腹ごしらえをしよう。幸い、バックパックに入れておいた銅貨は無事だ。


 犯人たちの気が変わって、やっぱり殺しておこうという気にならないとも限らない。ここから先は王城までは一本道だ。ダンジョン巡りで寝ずに探索をすることだってある。不眠不休で王城を目指すことにしよう。俺は鶏が朝を告げる中を村の中に入っていった。

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