第23話 プロと素人

 王都カンヴィウムまで3リーグ。街道わきに古ぼけた文字が見えた。太陽は中天から少しまわったところ。俺は足取りを緩めた。周囲の交通量が増えていき、不意打ちの危険性はかなり下がっている。ゆっくりと歩いても城門が閉まる前に王都に入ることは可能だろう。


 さすがにかなり疲れていた。今夜はきちんとした宿をとることにしよう。王都の宿ならば個室もあるし、俺の氏素性もそれほどは警戒されないはずだ。そのぶん村の宿よりは高いが必要経費と割り切るしかない。もうそろそろきちんと横になって寝ないと体が持ちそうになかった。


 城門のところで誰何を受けたが、マルク商会に届け物と言ったらすんなり許可される。王城から放射状に延びる通りとそれに交わる街路をいくつか曲がって、マルク商会を探した。何度か来ているが、相変わらずややこしい作りだ。ようやくマルク商会にたどり着いて中に入って行った。


 用向きを告げると小部屋に案内される。この辺は慣れたものだ。ざっと、小部屋をチェックする。のぞき穴などはない。まあ念のためだ。俺は問題ないことを確認すると今まで履きっぱなしだったブーツを脱ぐ。夏場ではないとはいえずっと履きっぱなしだったので、小鼻にしわが寄ってしまう。中に手を突っ込み中敷きをはがした。


 詰め物と一緒に金貨5枚を取り出す。もう片方のブーツからも同じように取り出した。合わせて10枚。ちょっと臭うような気もするが金貨は金貨だ。布に気付け用に携帯している酒を染みこませて拭う。ちょっとはましになった。元通りにブーツを履くと小部屋を出て金貨10枚をカウンターに置く。受取証と交換して任務完了だ。


 マルク商会ぐらいになると本当は受領証なんか不要だ。きちんと清算はされている。まあ、俺が仕事をしたという証明ではあるのだが失くしたとしても致命傷にはならない。照会に時間はかかるが、金を届けたということはマルク商会が認めるはずだ。信用第一なので、たかが金貨10枚程度でせこい真似はしない。


 店員も愛想よく緊張を解いた俺に泊まる宿の当てがあるのか聞いてくる。こういう気の利き方は天下のマルク商会だ。清潔なベッドで寛げる宿を紹介してくれる。素泊まりで銅貨6枚のところを、マルク商会の紹介だと朝食がつくらしい。紹介状代わりの小さな陶片をくれたので、その宿を訪ねた。


 宿の下の酒場でエールのジョッキを貰い一人で祝杯を挙げる。本当はゲラゲラ笑いだしたいところだったが、片ほほをゆるめる程度にしておいた。まったく、素人はこれだからな。金貨10枚なんて大金を懐にいれておくかよ。まあ、小細工をしておいたので騙されるのは仕方ない。


 偽金貨を革袋に入れておいたのだ。ゼークトの奴に疑われたときは焦ったな。あの野郎にも情報が耳に入ってやがったんだろう。本当に良くできた偽物で見た目も重さも本物と寸分変わらない。まあ、金貨同士を打ち合わせれば分かる奴には分かるのだが、強盗しようという最中にそんな余裕もないだろうし、そもそも偽物があるとは思いもしなかったのだろう。


 偽金使いは重罪だ。金額によっては縛り首にもなる。ある事情から手に入れたものの、俺みたいな貧乏人が金貨を大量に持っていること自体が疑念をかきたてるということに遅まきながら気づいて使えずにいたのだ。どっかの馬鹿が派手に使ったせいで、国王の耳にまで入って捜査が行われるという話もある。


 危ないので代金の支払いに使うつもりは無かった。そういう意味ではゼークトに嘘は言ってない。薄い表面だけは金なので、溶かすかかき落とそうとせこいことを考えて取っておいたのが役に立った。枚数も丁度10枚。脛に傷を持つ身としちゃ、持っているのがバレたらかなり苦しい立場になるところだったので、処分もできて一石二鳥。


 とりあえず、今回の危機は脱したわけだが、この落とし前はきっちりつけさせてもらわなきゃいけないな。しかし、相手が戦士と魔法使いとなると正面から戦ったら俺に勝ち目はない。あの3人組のどこまでが加担しているかというのも問題だ。2人でも無理なのに、テッドとコンバだっけか、あいつらまで加担しているとなると甚だ危険だ。


 表立って戦えば勝ち目はないし、闇討ちするにしても、町のなかで殺すわけにはいかない。最近数が減って手薄になっている警備兵ではあるものの、人が殺されたとなれば必死になって調べはするだろう。うまく殺ればやったで、手口からみて容疑者は絞られる。俺かデニスは相当疑われることに違いない。


 思い出したくないデニスの顔が浮かんで顔をしかめる。ノルンの町を拠点にしている冒険者でクラスは表向きはスカウト。要するに俺の同業者だ。そして、性格がかなり捻くれている。まあ、品行方正なシーフというのは黒い白鳥みたいなものだが、それにしてもあいつはヤバい。あいつと比べたら俺は聖者の従弟ぐらいは名乗れる。


 自分が嫌われているし、社会的立場が悪いことを自覚しているものだから、強く出れる相手にはとことん強く出る。弱みを握ったら最後、とことんまでしゃぶりつくすという外道だ。特技を生かして秘密の手紙を手に入れて強請りをするし、そうして手に入れた金を貸して、強引な取り立てをする。


 ノルンの町の鼻つまみ者なのだが、なかなか尻尾をつかませない。さらに面倒くさいことには、やたらと俺に対して対抗心をむき出しにしていた。デニスの悪評が、俺にまで及びそうになって距離を置いたのがまずかったらしい。それ以来、あいつの復讐リストの上の方に俺の名前が載っているはずだ。


 今は、オーリス隊とシノーヴ隊、どっちかのパーティで探索に出ているから、この状況下で事件が起きれば、犯人は俺で確定になってしまう。ゾーイ達が毒にやられた汚名返上とばかりにデニスと連れだって一緒にダンジョンに潜り全滅してくれれば手間が省けていいんだがな。そううまくはいかないか。


 だめだ。頭が回らない。今日はエールの酔いの回りが早すぎる。まあ、ノルンに帰るまでに対応策はゆっくり考えよう。疲れが出たので、ほどほどで切り上げる。久しぶりに横になって寝れることに感謝しながら眠りに落ちた。

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