第21話 担保

 ティアナの機嫌が直ったので、俺はギルドに出かけて行った。猫を助けたことを念のために報告しておく。ギルドを通さずに直接仕事を請け負うことは禁じられていた。もし、事情により先に仕事をしてしまった場合は、手数料をギルドに払うことになっている。


 子猫を助けた程度であれば問題ないはずだが、あの菓子はそれなりの値段がするはずだ。明らかに高級品。正確なところは分からないが銀貨1枚ぐらいはするかもしれない。なんといっても、シーフは立場が弱い。皆の見ている前で仕事をした以上は、自己申告しておく方が印象は悪くならないだろう。


「話は聞いてますよ」

 ジョナサンが笑った。

「まあ。そこまで厳密にしなくてもいいと思いますがね。ギルドを通す暇もなかったですし」


「礼だと言って、豪勢な菓子の詰め合わせを貰ったからな」

「これぐらいのバターの香りがするやつです?」

「ああ。そうだ。蜂蜜が入っていて、少し塩味がする。食べたことあるんだな?」

「ギルド長への進物のお裾分けで。日持ちするとはいえ、一人じゃ食べきれないですからね」


 ジョナサンは急に困ったような顔をする。

「うーん。となるとなあ……」

「なんだよ?」

「いえ。あの菓子1つで銅貨1枚はするらしいんですよね」

「は?」


「貰った箱って?」

 俺は手でだいたいの大きさを示す。

「となると、確実に銀貨2枚以上はしますね。3枚かも。その金額だと、目をつぶるわけないにはいかないので……」

 俺はカウンターに銅貨を3枚投げだす。


 ジョナサンは恐縮しながら銅貨をしまうと、分厚い帳簿を持ってきてペンで書きこむ。俺にそこを指し示した。

「ちゃんとここに記載しましたから。ハリス様より子猫救出代請負手数料、銅貨3枚」


「それで、何か仕事はあるかい?」

 ジョナサンは帳簿を棚に収めると別の紙のたばを持ってきた。ぺらぺらとめくっていたが、そのうちの1枚で手を止める。

「これなんかどうです? 王都まで金を届けに行くやつですけど」


 金貨10枚を7日後までに王城のマルク商会まで。報酬が銀貨8枚となっていた。悪くない案件だ。

「今までは俺にこういう仕事は回ってこなかったと思うんだけどな」

「一昨日もいいましたけど、今は人が居なくて」


 なおもじっとジョナサンの顔を見ていると、両手を挙げた。

「正直に言うと今まではハリスさんにはお願いできなかったんですよ」

「俺が持ち逃げするかもしれないからか?」

「やだなあ。そんな怖い顔しないでくださいよ。金貨10枚は大金ですからね。ハリスさんに限らず身軽な人には頼まないルールなんです」


 確かに請負者が金貨10枚持って消えた場合にはギルドが賠償しなくてはならない。いざというときにはその金を請負者から何らかの形で回収できる保証が無くては怖くて頼めないだろう。家は換金が難しく、俺には今まではそんな担保は無かった。今はある。ティアナだ。逆に言えば、彼女にはそれだけの値がつくということだ。


 前回の王都からの旅はティアナ連れだったのでゆっくりしたが、今回は一人だし、急げば片道4日程度だ。

「受けた。支度をして午後には出発するんで、この案件は引受済みにしてくれ」

「ありがとうございます」


「しかし、人手不足って、ここの2枚看板のオーリス隊とシノーヴ隊はどうしたんだ?」

「どちらも遠征中です。スプリガン退治とコカトリスの爪採集ですね。ハリスさんが王都のパーティの応援に出かけた後すぐに出かけてます」


「ふーん。あんたも仕事のやりくりが大変だな。お陰で俺に仕事が回ってくるんだが」

「本当にハリスさんがいて助かってますよ。この案件のために王都から誰か人を呼び寄せなきゃいけないかって話をしていたところなんで」


「それじゃあ、仕事完遂したらボーナス弾んで貰わなきゃな」

 俺は軽口を言う。まさか、こんな会話をジョナサンとするとは思っても見なかった。

「ギルド長に言っておきますよ」

 俺は手を挙げてギルドを後にする。


 ちょうど戻ってきたジーナを含め3人で昼飯を食った。

「数日、家を空けることになるが、夜は出歩くなよ。それから、買い物はジーナに一緒に行ってもらえ」

 俺はジーナに向き直って頭を下げる。


「任せて。ちゃんと面倒を見てあげるわ」

「私一人では不安ですか?」

 残念そうな顔をするティアナをなだめる。

「俺が居なけりゃ、お前をさらってどこかに売っぱらおうってやつがいるかもしれない。平和な田舎町だが、よそ者も出入りするからな」

「はい。分かりました」


 ティアナが洗い物をしに台所に行くとジーナが寄ってくる。

「私をそこまで信用してくれるの?」

「正直、分からん。まあ、何かあったら借用があるからな。どこまででも追っかけられる。裏切ったのが分かったら……」

「あ、その先の脅しはいいわ。あなたの大切なティアナちゃんの面倒はちゃんと見るわよ。なんたって、私の妹でもあるしね」

 

 身支度をする。着慣れたレザーアーマーに厚底のブーツとティアナが継ぎ当てをしたマント。ショートソードを腰にたばさみ、両肩にナイフを忍ばせる。ダンジョンほど危険ではないとはいえ、追剥や野生動物がでるかもしれない。それとちょっとしたヤバいブツを取り出す。準備を終えて外に出ようとすると、ティアナがマントをつかんで引っ張った。


「なんだ?」

「……」

 俺のことをじっと見ているが何も言わない。振り返ろうとするがやっぱりマントをつかんだままだ。もじもじしながら少しはにかんでいるように見える。


 なるほど。俺はティアナの肩をつかんで引き寄せるとおでこにちゅっとしてやった。顔を真っ赤にしながら精一杯の笑顔を作る。

「いってらっしゃいませ。ご主人様。お気をつけて」

 ジーナのニヤニヤした顔がむかついたが大人しく仕事に向かった。

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