第18話 先生と姉
ティアナは寝相が悪いというほどではないが、割と寝ている間にころころと動く。裾がめくれあがっていた。多少は肉が付いたといはいえまだ細い脚どころか下着まで見えている。幸か不幸か、ティアナが作った色気も何もないカボチャのようなブツだ。
王都までいけば、高級娼婦が身につけているような色とりどりの下着も手に入る。どうせ脱がせるのだからと思っていたが、少し考えた方がいいかもしれない。今身につけている下着は、ティアナが子供だということ、少なくとも大人の女にはなっていないことを思い出させて具合が悪い。
まあ、まだいいだろう。平和そうにすうすうと寝息を立てているティアナの頬にかかった髪の毛の束を耳にかけてやった。美味しいものは後に取っておくほうがより旨くなるってもんだ。
翌朝、ティアナがベッドから降りる気配で目が覚める。寝ているふりを続けたが、気配で行動は丸わかりだ。ベッドサイドに置いてある箱からイヤリングを取り出すと、衣類を収めたチェストの上の鏡の前に行く。カーテンの隙間から洩れる光でイヤリングをつけるとしばらく飽きもせずに鏡を前に首を左右に振っていた。
そっと足音を忍ばせて部屋を出て行くので、扉のところに行って警報装置を解除する。外へ出て行く分には問題ないが、ティアナが戻ってきて作動しても面倒だ。目が覚めてしまったので、開錠道具の手入れをする。一本一本、油を少量塗って丁寧に豚皮で磨き上げた。
そうこうするうちに声量を押さえた会話の声といい匂いが部屋に流れ込んでくる。着替えを済ませて居間に出て行くと台所からの楽し気な声がはっきりと聞こえた。どうやらジーナとティアナが一緒に朝食の支度をしているらしい。
「あ。ご主人様。お早うございます。ひょっとしてうるさかったですか?」
ティアナが台所の入り口から顔を出すと首をすくめながら聞いてくる。
「いや」
「昨日はお疲れですから、もっとゆっくりと休まれても」
「まあな。でも、そのいい匂いが漂ってきたら、腹がぐうぐう鳴って」
台所に顔を出す。長い髪の毛を布に包んだジーナが匙で鍋の中身をかき混ぜていた。
「ハリスさん。お早うございます」
「ああ。お早う」
「一夜の宿のお礼代わりに食事の支度を手伝わせてもらってます。まあ、私の手伝いなんかいらなそうだけど」
「そんなことはないです。一緒に料理するのは楽しいですし。あ、ご主人様。もうちょっとだけ待っててくださいね」
いつもの朝食メニューに今朝はキノコとベーコンを焼いたものがついた。ジーナ提供の食材らしい。厚手のキノコをスライスしたものは独特の香りと歯ごたえがした。ティアナはこのキノコが気に入ったらしい。ジーナと盛んに取れる場所や料理法の話をしていた。すっかり打ち解けた2人を見ながら朝食をすませる。少々騒がしいが、不快ではなかった。ティアナが後片付けを始めたところで話を振る。
「この町を出て行く計画に変更はないのか?」
「どうして? 昨日も言った通り借金を踏み倒すつもりは無いわよ。落ち着いたら必ず払うわ」
「いや。この町には教え子もいて、それなりの収入があるんだろ。それを捨てていくのも悔しくないのかと思ってさ」
ジーナは肩をすくめる。
「そうしたいところだけど、当面の家賃も払えないんじゃ、仕方ないわ。支払いが滞りがちという評判も立てられているでしょうし、誰も部屋を貸してくれないでしょうね」
「ここに住むというのはどうかな?」
「まさか、プロポーズ?」
がこん。ちょうど粥の空皿を下げに来ていたティアナが手を滑らせたのか、大きな音をさせた。
「す、すいません。失礼しました」
恥ずかしそうにティアナが皿を抱えて台所に戻っていく。
「つまらんジョークだな」
「そう? それは残念ね。家賃代わりに他のもので払え、というよりは紳士的だと思うけど」
「そんな提案をするつもりはない。昨夜のあの子の発言はそういう意味で言ったんじゃないって言ってるだろ」
「分かってるわよ。でも、あなたがティアナのいうほどの善人だったとしても、見返りもなしにタダで住まわせるというのは、逆に裏があるんじゃないかと不安になるわ」
まあ、そりゃそうだろな。タダより高い物はない。
「そうだな。家賃代わりにティアナに字を教えてやるってことでどうだ? 俺が教えてもいいんだが、本職がいるならそっちの方がいいだろ?」
「それは……悪くない提案ね」
「学校通いをするには大きすぎるし、家のことをやっていると、まとまった時間が取れないからな。ちょっとしたすきま時間に教えてやってもらえると助かる」
しばらく黙考していたジーナはやがて、この話を受けた。
ティアナにはそのことを告げると手を叩いてピョンピョン跳ねた。
「ご主人様。ありがとうございます。とっても嬉しいです。ジーナ先生お願いします」
「先生なんて。そんな畏まらなくてもいいわよ」
「じゃあ、ジーナお姉ちゃん! 私、昔から年上の姉妹が欲しいと思っていたんです。字が習えるし、お姉ちゃんができるし、私幸せすぎておかしくなっちゃいそう」
「お姉ちゃん?」
身を震わして喜ぶティアナと困惑するジーナを見て、俺は笑いをこらえるのに必死だった。
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