第17話 寝る場所問題

 俺は買ってきたばかりの酒を注いだ。ダンジョンに潜ってささくれだった神経を静めるには酒が必要になって久しい。口をつけると爽やかな香りが鼻をくすぐる。向かいに座るジーナにも酒を勧めた。

「じゃ、改めて。この娘はうちで働いているティアナだ」

 なんとなく奴隷といういい方はどぎつい感じがして言い換える。


「んで、こちらの女性は、昨日一緒にダンジョンに潜った魔法使いのジーナ」

 頭を下げたティアナが声を上げた。

「それじゃあ、ご主人様が解毒薬を譲った相手と言うのは……」

「そうよ。私。お陰で助かったわ」


 頭を下げて台所に下がったティアナが、木の実を塩で空煎りしたものを運んできて置いた。それから、部屋の隅に行ってチクチクと針仕事を始める。自分の空いた器に酒を注いでジーナに向きなおった。

「しかし、災難だったな」

「そうね」


「前衛のくせに兜の面甲を上げてぼんやりしてっから蛇に噛まれるんだ。あいつらがちゃんとしてりゃ、蛇ぐらい大したことはないだろうに」

「まあ、私は噛まれちゃったけど」

「そりゃ、しょうがねえ」


 ジーナは居住まいを正すと頭を下げた。

「薬を譲ってくれてありがとう」

「なんだよ。いまさら」

「あの後、傷口が痛むから神殿で見てもらったんだけど、薬を飲まなかったら危なかったって。噛まれたのが胴だったから毒の回りが早かっただろうって見立てなの」


 ジーナは目の前のコップをもてあそぶ。

「こんなことになっちゃったけど、なるべく早く借りは返すつもり」

 俺は酒を飲んで、木の実をポリポリと噛むと肩をすくめた。意志はあるのだろうけど、ポンコツ魔法使いじゃ、なかなか収入はないだろう。


「こうみえても、文字を教えたり、魔法の手ほどきをしたりして収入はあるから心配しないで」

「へえ」

「信じてないでしょ。一応、月に銀貨12枚ちょっとぐらいにはなるんだから」


 俺は正直に言って驚いた。口をつけていた杯をあおる。

「じゃあ、本当に金を返すつもりだったのか?」

「当たり前でしょ」

「その割にはあまり裕福じゃなさそうだけどな」


 ジーナはため息をつく。

「魔法士をするのも金がかかるのよ。新しい呪文を覚えるには巻物を手に入れなきゃいけないけど、そう簡単に手に入るものじゃないし」

「相性の悪い系統の呪文じゃ意味ないしな」


 俺がまぜっかえすと睨みつけてくるが、すぐに険しさを解いた。

「まあ、そうよね。この辺りで冷属性が得意でもあまり役に立たないものね」

「ガーナ地方とか行けば重宝がられるんじゃねえの?」

「そう簡単じゃないのよ。他の人の縄張り荒らすわけにもいかないでしょ」


 なるほど。どこの業界も世知辛いもんだな。ふと視線を感じて振り返るとティアナがこちらをじっと見ていた。俺と視線が合うと目を落として針を動かし始める。俺は残った酒を飲み干し背伸びをした。あれ? 今日買ったばかりなのに酒がほとんど残ってない。

「さて、疲れたし寝るとするか」


 針仕事をやめないティアナに声をかける。

「おい。寝るぞ」

「はい。お休みなさいませ」

「って、お前は寝ないのか?」


 ティアナは仕掛けた繕いものを置くとソファに横になる。

「お前。何してるんだ?」

「さすがに3人ではベッドが狭いですよね?」

「は?」


「あの。ご主人様とジーナ様がベッドを使われるのでは?」

「ちょっと、人の弱みに付け込んで、そういうことをするつもりだったの?」

 ジーナが険しい表情をしていた。元々目つきが鋭いのでなかなかに迫力がある。背後に置いてあった杖を手繰り寄せていた。


「ティアナ。いいか。ジーナは俺とベッドで寝ない」

 ティアナは訳が分からないという表情をしている。

「ベッドの方が良く眠れませんか? 私はソファで平気ですから。木の床に直に寝るのに比べたらぜんっぜん快適です」


「ああ。いいからいいから。それじゃ、行こう」

 俺はティアナの肩を抱いて寝室に連れて行く。ジーナに手を振った。

「それじゃ、お休み」

「あの。えと。ご主人様? お客様がソファでは失礼では?」


 寝室の扉を閉める。

「あのな。普通は一緒にベッドで寝ないんだ」

「でも私は一緒に寝てますけど?」

「それはだな……」

 俺は言葉を探す。男女が一緒にベッドで寝るということの意味を説明をしようとしてやめた。首をかしげて俺を見ているティアナの無垢な顔が眩しい。


「それは……、それは、ティアナが特別だからだ」

「私が……特別?」

 間が空いて、ぱあっと顔じゅうに笑みが広がる。

「はい。分かりました」


 いそいそとベッドに横たわるティアナ。俺は念のために寝室の扉の仕掛けを作動させる。横になった俺にティアナが遠慮がちに聞いてきた。

「お休み前に一つだけ聞いていいですか?」

「なんだ?」


「私に話しかけてきた女性は、ジーナさんの荷物を怖い顔で放り出していた男の人の奥さんなんだそうです。ジーナさんが気の毒でなんとかしてあげられないかと心配して、頼む相手を探していたみたいで。どうして、そんな優しい人のご主人があんなにひどいことをする人なんでしょうか?」


「別に一緒に暮らしてるのが、いい人同士とは限らないだろ。うちだって、他所からどう思われてるか」

「……そうですね。ご主人様みたいな立派な方にお仕えしてるのが私みたいなぶきっちょですもんね」


「そうじゃない」

「はい?」

「俺みたいなロクデナシに仕えてるお前が可哀そうって世間では思ってるだろうよ」

「そんなことはないです」

 上半身を起こすと握りこぶしを作って力説する。


「まあ。家の外と内では色々と違うところがあるし、世間には分からないこともあるってことさ」

 再び横になったティアナはじっとしていたが、不意に小さな声を出した。

「他の人が何と言っていても、ご主人様は私にとって特別な方ですから」

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