第16話 追い立て

 馬に跨ったゼークトを見送ると、路上に人が多くたむろしていることに気が付いた。俺の家を遠巻きにしている。隣を見るとオーディ婆あと目が合い、頭を下げて引っ込んだ。なるほど、聖騎士が俺の家を訪ねてきたことが気になっていたということか。大方、俺の捕縛にやってきたとでも想像していたのだろう。聖騎士がわざわざ捕まえに来る盗賊なんてどれほどの大物だよ。おれは可笑しくなる。


 さて、家に戻ってさっきの続きでもするか。今は食事の後片付けをしているだろうから、後ろから抱きしめるというのもいいかもしれない。今日は上下に分かれた服を着ているので腰のところから手を差し入れ、上へと指を走らせよう。同時に首筋に舌を這わせたらどんな反応をしめすかな……。俺は期待に胸を高鳴らせて家に入る。


 ティアナがエプロンを外して台所から出てきたところだった。計画を変更して、当初の予定通りソファでと思っていると、ティアナに機先を制された。

「明日の分までお客様にお出ししたので、朝食がちょっと不足しそうなんです。買い物に行って来てよろしいでしょうか?」


「もうそろそろ女子供が一人で出歩く時間じゃねえぞ」

「管理が行き届かず申し訳ありません。先ほど、多めに買い物をしなかった私の落ち度です」

「いや、悪いのがいるとすれば、遠慮せずにパクパク食ったゼークトと、そんな奴に飯を振る舞うように言った俺だ」


「そんなことはありません。私が至らぬばかりに」

 ティアナはエプロンを握りしめて頭を下げる。ああ、この調子だとエンドレスごめんなさいになりそうだ。ここはとっとと買い物に付き合ってやった方がいい。

「それじゃあ、俺も酒を買い足ししたいし、さっと買い物するか」


 ティアナが売れ残りの魚を品定めし、俺が酒を選んでいるところだった。目の垂れ下がったいかにも人のよさそうな中年女性がそわそわと店に入ってくる。ティアナを見つけるとほっとした表情をして近づくのを目の端にとらえた。何か早口でティアナに話しかけると、近くの商品を手に取って金を払い出て行く。なにやら怪しい。


 買い物を終えて店を出るとティアナがすっとそばにきてささやく。

「あの。ご主人様。困っている方がいるそうです。なんとかして欲しいとのことなのですが」

「さっきの女性が言ったんだな?」


「はい。お願いできますか?」

「俺達には関わりが無いだろう?」

「そうですが……。お願いします」

 ああ、まったく。道端でやっと存在に気付いてもらった捨て犬みたいな目をするなよ。


「どっちだ?」

「あちらだそうです」

 ティアナが指さすのは、比較的安い貸室のある通りだ。まあ、この田舎町でおきる事件ならたかが知れている。足早に向かうと何かを放り出す音と罵声が聞こえた。


 たどり着いてみると、路上に荷物が散らばっている中になんと先日パーティを組んだ魔法士ジーナが立ち尽くしていた。その前の家から、また何かが放り投げられる。

「こんばんは。こんな時間にどうした?」

 わざとのんびりした声を出す。


 俺の顔を見ると一旦は下を向いたが、すぐに顔を上げる。

「見ての通りよ。借りていた家を追い出されたの」

 俺はだからという表情をしていたのだろう。それぐらいは見ればなんとなく分かる。


「家賃を滞納するのが悪いのさ。何度も督促してたんだ」

 戸口のところから中年男性が吐き捨てる。

「さっき、ちゃんと払ったじゃない」

「昨日までの分はな。今日以降の前払いができないんだから出て行ってもらう。当然だろ」


「でもなあ、何もこんな夜に追い出さなくてもいいんじゃねえか」

「他人は引っ込んでてくれ」

 男は最後の荷物を放ってよこすと短杖ワンドを構えて戸口に向かい短く呪文を唱える。そして足音高く去っていった。取り残されたジーナは路上に散らばったものをかき集め始める。


 ティアナはランプを持って近寄り手元を照らしてやっていた。

「あっちにも何か落ちてるな」

 淡い光の輪の外を指し示してやるとジーナが拾い上げた。

「さすが夜目が効くんだね」


 ジーナは大きな袋に拾い上げたものを詰めこみはじめる。

「どういうことなんだ? さすがに横暴だと思うんだが」

「まあね。さっきの男はさ、ゾーイの叔父さんらしいんだ。私もついさっき知ったんだけどさ」


「ああ。あの前衛3人組の一人か。今日恥をかかされたことに対する嫌がらせってわけだ」

「そういうことみたい」

「それでどうするんだ?」

「どこかの軒下でも借りるわ。明日になって門が開いたら別の町にいくつもり。それじゃ、ありがとう」


 ジーナは袋を引きずりながら歩き始める。

「あのっ」

 ティアナの声にジーナは振り返った。

「もし、良かったら、うちに……、ご主人様の家に来ませんか?」


「え?」

 ジーナはあっけにとられている。俺は半ば想像通りだったので夜空を見上げた。

「いくら町の中でも夜に女の人が一人でいるなんて危ないです」

 視線を下げるとティアナは問いかけるように俺をみつめていた。


「ご主人様は優しい方です。困っている人を見捨てたりはしません」

 そうでしょう? というように俺の顔を見る。俺は頭をがしがしと掻いた。うーん。まあ、この状況ならジーナをうちに送り込むための芝居とは考えられないか。買い物に出たのは偶然だしな。何かの罠ってことはないか。

 

「ということだ。とりあえず今夜1泊だけでもどうだ?」

「いいの?」

「いまさらダメとも言えないだろう」


 ほらね。私の言った通りでしょう? ティアナは嬉しそうにランプを持って先導を始める。ジーナは一瞬だけ俺の顔を見ていたがティアナについて歩き出した。俺は背中に刺さるとげとげしい視線に気づかぬ様子で後について行く。まあ、金貨2枚の貸しもある相手だしな、と自分を納得させた。

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