第15話 招かれざる客

 ティアナが俺の顔を伺う。今まで俺を訪ねる客なんていなかったので、どうすべきか判断ができないようだ。俺はため息をつくと体をひねって腕を引き抜く。抜きながらさりげなく尻を撫でてみたがやっぱりまだ固い。勢いをつけて立ち上がると表に怒鳴る。

「ちょっと待ってろ」


 ティアナを振り返る。

「客の分も食事を用意できるか?」

「はい。たぶん大丈夫です」

「それじゃあ、支度をしてくれ。3人分な」


 俺は玄関の仕掛けを解除するとドアを開けた。目の前には真っ白な鎧を着た超絶ハンサムな男が立っている。にこりと笑った。

「久しぶりだな。ハリス」

「ああ。まあ、なんだ。中に入れよ」


「お邪魔する」

 中に入った鎧の男ゼークトは目を見張った。

「3年ぶりか。随分ときれいになったな。どういう心境の変化だ? それにいい匂いをさせてるじゃないか」


 そこへ台所から出てきたティアナがテーブルに料理を置くと一礼する。

「いらっしゃいませ」

 ゼークトはますます驚きの表情になった。並大抵のことじゃ驚かないゼークトが口を開けたままなことに満足する。


 ようやく衝撃から立ち直ったゼークトが名乗った。

「聖騎士のゼークトと申します。お見知りおきを」

 まるで貴婦人に対するかのように優雅な礼をしやがる。そうじゃなくても顔がいいのに、腕が立ち、そしてこの物腰だ。女に苦労したことがないというのも頷ける。


「ハリス様にお仕えしてますティアナです」

 ぴょこんと頭を下げると台所に引っ込んでいった。ゼークトが俺を捕まえると部屋の隅に引っ張っていく。

「あれはなんだ?」


「あれとは失礼だな。俺の雇人だよ。聞いただろ?」

「嘘をつくな」

「ひどいな。何でそんなつまらない嘘をつく必要がある」

「それはそうだが……」


 てきぱきと料理を運んでいるティアナを見てゼークトは首をかしげている。

「俺も詳しくは無いが、あの娘、そう簡単に手が出ないはずだぞ。お前、まさかと思うが後ろめたい金を使ったんじゃないだろうな。そういえば、こっち方面に偽金貨が流れてるという話だが……」


 俺はゼークトの肩に腕を回す。

「そんなものに手を出すわけないだろ。まっとうな稼ぎで買った。招かれざる客だが仕方ない。話は飯を食いながらだ。来いよ」

 俺はテーブルの手前側に座って、向かいをゼークトに指さす。向かって右の台所に近いところの椅子のわきにティアナが立った。


「いいから座れ。こいつには遠慮は不要だ。いつもどおりでいい」

 ようやくティアナが遠慮がちに席に着く。俺は両手をこすり合わせた。

「腹ペコなんだ。食おうぜ」

 俺は湯気を上げている魚と野菜のスープをすくって飲んだ。


 ゼークトも料理を口にして目を見開く。驚け驚け。根菜を揚げたものや羊肉を庭の葉っぱで包み焼きにしたものも、いつも通りの味だ。がつがつとスープを食べ終わるとティアナがお替りを運んでくれる。一息ついたのでゼークトに話しかけた。

「で、急に訪ねてきたのはどういう風の吹きまわしなんだ? 聖騎士ってのは忙しいんだろ?」


 羊肉を食べていたゼークトは飲み込むと言った。

「うむ。まあ、ちょっと使いにな。帰り道にお前のことを思い出して久しぶりに食事を一緒にどうかと寄ってみた」

「そいつはどうも。しかし国王ってのは豪勢だな。聖騎士に使い走りをさせるなんて」


「詳細は言えんが事情があるんだよ」

 すまなそうにしながらもゼークトは肝心なことは言わない。さすがは聖騎士様だ。まあ、ほいほい機密を話す騎士というのも困るけどな。俺はちょっとからかってやることにした。


「一触即発の神龍王相手じゃ、使い走りも聖騎士さまじゃないと務まらんだろうさ」

「!」

 こいつは性根がまっすぐすぎる。想像通りの反応が返ってきて俺はげらげら笑いだす。


「なんで、こんな田舎暮らしの盗賊風情がそんなことを、と驚いたか?」

「いや。別にそんなことはないが」

「まあ、俺のあてずっぽうだ。忘れてくれ。頼むから秘密を知られた以上は……なんて考えてくれるなよ」


 そうは言いながらも俺は全く心配はしていない。ゼークトは俺のような弱い相手に刃を向けるぐらいなら自分の首をはねるだろう。クソがつくほど正直で、曲がったことが大嫌い。昔、まだ駆け出しだった頃、しばらくパーティを組んでいた頃からそうだった。そんなこいつと俺が妙に気が合ったというのが面白い。


 俺に剣の稽古をつけてある程度は身を守れるようにしたのも、俺の愛用しているショートソードをくれたのもゼークトだ。腕を見込まれてゼークトが引き抜かれてパーティを抜けたのが10年前か。それからも細々と密かな交流は続いていた。3年前には、王国の正規兵にならないかとも誘われ、俺が断っている。


 まあ、1点だけ、俺もゼークトに気に入らない点はあるにはある。俺と違ってやたらと女にもてることだ。ゼークトを見てうっとりとしている女性を何度も見たことがあった。俺は横目でティアナの様子を観察する。食事をしながら、俺やゼークトの皿が空かないか気を配っていた。


 気まずい話題を続けるのはやめて、一別以来のお互いの近況報告をしているうちに食事が終わる。ティアナは例の清涼感のある飲み物を出すと台所で洗い物をはじめた。その後姿を目で追っていたゼークトに釘を刺す。

「おい。女には苦労しない色男よ。あいつには手を出すなよ」


 ゼークトは苦笑いをする。

「そういうもの欲しそうな顔をしていたか?」

「ああ。聖騎士の名が泣くぜ」

「そうか。まあ確かにいい娘だ」


 ゼークトは落ち着けというように手を上げる。

「心配するな。俺は手を出すつもりは無い。それに俺じゃ相手にされんだろうよ」

「はっ。奴隷女なんぞには興味がないってか?」

「落ち着け。何をカッカしてるんだ。俺が相手にしないんじゃなくて、相手にされないって言ってんだ」


 ゼークトは今まで何人もの女を魅了してきた笑みを浮かべる。

「意味が分かんねえぞ。ゼークト」

「まあ、気にするな。ああ、すっかり長居をしてしまった。任務中だったのを忘れるところだったよ」


 玄関まで見送りに出る。

「なあ。ゼークト。もし、俺に何かあったら、あの娘の保証人になって貰えるか?」

「ん? それは構わない。あとでノルンの役場に言っておこう。だが、それほど気になるなら、命を大切にしろ。意地を張らずに軍に入れ」

「それとこれとは別だ。まあ、万一のときのことさ」

 俺たちはがっちりと握手する。ちょっと肩の荷が下りた。

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