第14話 死後の備え
「ご主人様。大丈夫なのですか?」
ぎゅうっと俺を抱きしめながらティアナは俺に問いかける。
「ちょっと毒にやられただけだ。もう治療してもらってなんともない」
「良かったです……」
「オーバーだな」
「でも、でも、買い物に出たら、ご主人様が猛毒にかかって重体だって噂でした。神殿に行ったと聞いて、待っていたのですけどなかなか出てこられなくて心配したんですよ」
「遅くなったのは俺が少し寝たせいだ。傷を受けてすぐに手前側を縛ったから、毒の回りも遅かったし、実際は命の危険はなかったんだよ」
「意識がなくなるほどひどかったんじゃないですか」
「夜通し働いて疲れてただけだ。ほら、人が見てるぞ」
慌ててティアナは顔をあげ周囲を見渡す。離れるかと思ったがまたぎゅっとしがみついてきた。
「別にそんなの関係ありません」
世間体もあるので、俺は奥の手を出すことにする。
「そういや、すごく腹減ったな」
ティアナはぱっと離れると頭を下げる。
「そうですよね。すいません。夜通し仕事されていたのに、私ったら……」
「ギルドで報酬貰って、買い物して帰ろう」
「はい」
神殿を背に歩いていくとティアナより年下の子供たちが蝋板と鉄筆を手に三々五々歩いてくる。神殿付属の学校で文字を習う子供たちだ。気づけばティアナが立ち止まって子供たちに熱っぽい視線を送っている。
「どうかしたか?」
「なんでもありません」
ギルドの表玄関は愁嘆場が繰りひろげられていた。先に入ったパーティが全滅したという話が伝わったらしい。ギルド長補佐がなだめようと必死だ。俺たちは脇の裏口から入る。ジョナサンが奥から出てくると、カウンターの上に銀貨を並べた。全部で8枚。元々4枚の約束だったはずと手を出しかねていると、全員分の遺品を持ち帰ったボーナスと、3人組の報酬の一部ということだった。
「ところで、前衛なのに逃げ出すなんてとんでもない食わせ者でしたね」
俺は思わず眉を上げる。
「その挙句に毒をくらって泡吹いて倒れてるなんて、いい恥さらしですよ」
「うん。まあ。そうだな」
適当に返事をする。前衛たちがここにいないからというところか。通常は花形の前衛が逃げ出したなんて話をしたところで信用されない。盗賊風情のたわごととして片づけられるのが関の山で、下手をすれば濡れ衣をおっかぶせられかねなかった。
訴えたのが俺ではなくて、ジーナだというのも効果的だったのだろう。実際にはあまり使い物にならなくてもレベル4の魔法を使えるというのは聞こえはいい。ジョナサンは身を乗り出した。
「解毒薬を譲ったんだそうですね」
俺は迂闊なことは言えずに黙っている。
「私だったら、大金積まれても解毒薬を売るなんてしませんよ。自分の治療費が必要になるわけですし。まあ、女性に懇願されたっていうのもあるんでしょうけど、ハリスさんって本当に見かけによらず人がいいんですねえ」
見かけによらずって、そんなにひどいか俺?
俺は後ろからの圧力を強く感じる。
「じゃあ、俺はこの辺で。銀貨6枚はそちらに預けておくよ」
「はいお預かりします。今回はベテランのハリスさんに頼んで助かりましたよ。またお願いしますね」
ギルドの建物を出たとたんにティアナが俺の前に回り込んでくる。じいーっと俺の顔を見ていた。
「な、なんだよ。買い物してかえろうぜ。腹減ったなあ」
「ご・しゅ・じ・ん・さ・ま」
今までにない迫力でティアナが俺に迫る。
「自分も体に毒を受けているのが分かっているのに、他の方に解毒薬を譲ったのって本当ですか?」
「いや、まあ、うん。仕方なくてな」
「無茶はしないって言ったのに」
「無事だったからいいだろ」
「良くないです。もし、ご主人様に何かあったら私は、私は……」
ああ。失敗したな。確かに俺がくたばったことを考えたら心配だろう。そのどさくさで、誰かに売られるなんて良く聞く話だ。
「心配するな。今度出かける前には、ちゃんと俺に何かあったらティアナの生活が成り立つように書類を作っておくから。それでいいだろ?」
「良くないです」
恨めしそうな顔で睨んでくる。普段はにこにこしているだけにちょっと怖い。
なんとかなだめ、買い物をして家に帰ったら、ティアナはエプロンをして食事の準備を始めた。お湯を貰ってさっと全身を拭く。血の臭いを落としたのでソファでくつろいだ。落ち着いたら少しは冷静になる。まあ、あの年齢で見知らぬ町で一人おっぽりだされても大変かもしれない。もうちょっと考えてやる必要があるかもしれないな。
今まではあまり気にしてこなかったが、俺の商売は死と隣り合わせだ。ティアナも俺に依存しているというのは分かってるのだろう。しかし、俺もそれほど経済的に余裕があるわけじゃないし、下手に金だけを残しても悪い奴らに狙われるだけだろうしな。金と女、両方手に入るとなれば悪い気を起こす奴もいるだろう。ましてやなかなかの可愛い子ちゃんだ。
となると、誰か信頼できる相手にティアナを託さなけりゃならないが、そんな相手が居りゃ苦労はしねえよな。隣のオーディ婆あはやたらとティアナを気に入ってるようだから、他にあてが無ければ頼んでみるか。人柄は信用できるかもしれんがティアナを守れるかどうかは怪しい。
まてよ。俺の死んだ後のことよりもその前のことだ。やっぱり未練を残して死ぬのは嫌だし、さっさとティアナ抱いちまうか。本人も泣き叫んで抵抗するということはないだろう。よそでもご主人様にはこうしてるんだ、と言えば諦めて大人しくなるかもしれない。
俺は台所の方に首を捻じ曲げて、食事の支度をしている細っこい体を見る。まだ早いかと思いつつ、声をかけるとすっとんでやってきた。ソファの横に腰掛けるように言い、素早くティアナの腰の後ろに左手を潜らせる。右手を太ももに置こうとしたところに玄関を力強く叩く音がした。
「おい。ハリス。いるんだろ? 俺だ。ゼークトだ」
ちぇ。いいところだったのに。よりによって、一番会うのを避けている相手が訪ねてきやがった。
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