第12話 猛毒

 魔狼との戦闘は熾烈なものになったが、からくも勝利する。素早い動きに翻弄された前衛3人も3対1で戦えばなんとかなったようだ。俺が狼狽して逃げるふりをして1体を引き受けた甲斐があったというもの。素早さが武器の魔狼にとっては、俺は相性の悪い相手だった。魔法で傷ついた1体は途中で逃げ出したのも大きい。


 俺は元は人間だった肉塊から指輪を回収する。肉塊にまとわりつく服装から神官と思われた。もう1体はすでに両手が無かったので魔狼の腹を裂いて回収する。多分魔法士だろう。前衛連中は自分たちの仕事じゃないとそっぽを向いていたし、ジーナは壁に手をついてげえげえ吐いていたので、俺が一人で片付けた。


 持ってきた特製の油をかけて火をつける。短い間だが両手を合わせた。こんな姿は遺族には見せられないし、このままモンスターの餌になるのも気の毒だ。ネクロマンサーによって眷属として復活させられても困る。ダンジョン内での犠牲者は、遺品を回収して火葬する。そういう決まりだった。


 その炎に誘われたのかウッドゴーレムが現れる。1体なので俺は後ろに下がった。俺のショートソードじゃ固い木の体にろくなダメージは与えられない。3人組の誰かは戦斧を使っていたのでそいつに任せた。ファイアボルトで火をつけりゃすぐに決着がつくのにと思いながら前衛たちが時間をかけて倒すのを見学するしかない。役立たずという意味では俺も人のことは言えなかった。


 その後、しばらく行ったところで喉をかき切られた弓手アーチャーを発見する。指は切り取られていたので、空の矢筒を回収した。さらに進んでいくと、左手に横道のある三叉路の壁のくぼみに焦げた宝箱と黒い血痕を見つける。不用意に開けて爆発したようだ。慌てていたのか中身の回収もしていない。


 箱としての形態をなんとか保っていたが俺が触れるとバラバラに崩れる。中には緑色の液体の入ったフラスコが一つだけ。強力解毒薬だった。どんな毒でも消せる便利な道具。店で買えば最低でも銀貨で8枚ぐらいはするだろう。第2層で手に入るものとしてはそこそこ高価なものだが、命の代償としては安い。


 これ見よがしなトラップに引っ掛かったところを横道から出てきたモンスターに襲われたのだろう。まとまって行動することもできず二手に分かれたというところか。その場所から血の点々と続く先を追っていくと血痕は十字路で2つに分かれていた。先に右に曲がる通路に向かい、その先で床の上で動く何かを発見する。


 体つきのいいホブゴブリンがせっせと体を上下に動かしていた。その下に褐色の足のようなものが見える。テッド、ゾーイ、コンバが駆け寄るとホブゴブリンは慌てて起き上がったが武器も手放した状態だったのであっさりと倒される。しかし、手遅れだった。汚れと異臭の中に横たわる女闘士の虚ろな目は何も映してはいない。


 後始末をしようとする俺をジーナが押しとどめる。顎のラインが固い。

「私がやる」

 死人は気にしないとは思ったが、俺は肩をすくめて、油壷をジーナに渡した。前衛組と通路の両側で2人ずつ遺体を背にして警戒をする。


 十字路まで戻って、右に曲がった。最初の通路からすればまっすぐの道だ。通路を行くと広めの場所に出る。左手の方に金属鎧が光を反射するのが見えた。近づくと折り重なるように倒れている。鎧は歪んでおり兜は見当たらない。二人とも赤紫色の皮膚をしており息は無かった。


「毒にやられたんだ!」

 3人組の誰かがいう。皆で周囲を見渡した。見た感じからすると何らかの毒にやられたようだ。もし猛毒なら面倒だな。猛毒は駆け出しの神官の低位の魔法では消せない厄介な症状だった。すぐにどうこうということはないが、だいたい半日以内に治療しないと死ぬ。


 2人分の遺品を回収し油をかけて火を点けると同時にばらばらと天井から何かが降ってくる。無数の氷紋蛇だった。

「噛まれたっ」

「俺も」


 前衛組は悲鳴をあげると元来た通路に向かって走り出す。パニックになっていた。俺はショートソードとナイフで蛇の雨をしのぎながら出口へと向かう。小さな悲鳴があがりジーナが立ちすくんでいた。放っても置けず、ナイフを肩の鞘に納めるとジーナの手を引いて通路へと逃れる。


 安全な場所まで移動したのを確認したところで、立ち止まった。振り返るとフードが脱げたジーナは青白い顔で震えている。泣きそうな声で俺に訴えかけてきた。

「ろ、ローブの中に蛇が……」

「噛まれたのか?」


 ジーナはがくがくと首を振る。

「まだ中でもぞもぞしてるの。取って……」

 先ほどまでの勝気な感じは影を潜めて、泣きそうな顔をしていた。

「ローブをめくりあげて取ればいいじゃねえか」

「む、無理よ。私、蛇は苦手なの」


 面倒くさいとは思ったが、腰ひもを解いてローブをまくり上げるように言う。意外とある胸の膨らみが薄物を押し上げているのが目に入った。ティアナもこれぐらいまで成長すりゃいいがな。場違いな思考が頭をよぎる。真っ白な薄物の下を青と緑の蛇がのたくっていた。


 薄物も大きくめくりあげると蛇の頭をぱっと捕まえて引きはがした。とれたぞ、と声をかけようとした俺の頬を強烈な平手打ちが襲う。思わず手が緩んで、抜け出した蛇は革手袋と鎧の隙間に牙を立てた。チクリとした痛みに蛇を空中に放り投げ、肩に止めたナイフで抜き打ちざまに首をはねる。


「痛ってえな。何すんだよ」

 俺がジーナを睨むと青ざめた顔で謝った。

「ごめんなさい。反射的に……」

 俺たちはダンジョンの第2層で二人とも猛毒に侵された状態で前衛に置き去りにされてしまった。

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