第57話 長い物語の始まり

 僕が目が覚めたとき、目の前に赤毛の少女の顔が見えた。彼女は……眠っているのか、目を閉じている。


 誰だろう?

 初めて見る顔だが、どこか懐かしい感じがした。


「ん、良かった……目覚めた。カリーナ、起きて」


 横から、別の少女の声が聞こえた。


「んん、なぁに、マイン」


「マモルが起きた」


「えっ、マモル! ああ! 良かった! 体の調子はどう?」


「か……ら……だ?」


 僕に聞いているのはなんとなくわかるのだが、言葉の意味がぼんやりしてはっきりしなかった。妙な感じだ。僕は上向き――仰向けに寝かされていて、カリーナと呼ばれた少女が膝に僕の頭を載せ――膝枕をしてくれている。


「そうよ。でもまあ、その調子じゃまだまだみたいね。とにかくこれを自分で食べて。口移しだと君が息を詰まらせないか心配だし、いちいち横でマインが鼻で笑うから鬱陶しいのよ」


 カリーナが少し困ったような――不機嫌そうな顔をすると、手に持った小さなへらのようなもの――そう、これはスプーン――に茶色の何かを載せて僕の口に入れてくれた。


 美味しい。

 初めて食べる味だが、独特の香ばしさがあり、ほのかに甘く、ほのかに苦い。僕は一口でこの柔らかな食べ物が気に入った。


「チョコ味、あなた好きだったでしょ?」


「チョコ……?」


 これはチョコと言うのか。


「そうよ? んん?」


「待って、カリーナ。マモル、あなたの記憶はどれくらい残っているの?」


 横にいる別の少女が聞いた。マインと呼ばれている子だ。頭に青いとんがり帽子を載せている。


「き……お……く?」


 言葉の意味が分からなかった。僕にとっては少し難しい言葉だ。


「そうよ、記憶。思い出。私のことくらいは覚えてるでしょ?」


「……いいや、覚えていない」


「えっ」「……そう」


 赤毛の少女がショックを受けて悲しそうな顔になったので、僕は謝った。


「ごめん」


 すると、とんがり帽子の子が僕の手を握って慰めるように言う。


「ん、仕方ない。私達が最初に見つけたときマモルの頭が無かった。脳が新しく再生されたけど、記憶までは再生できなかったみたい。水槽の中の不死者と同じ現象」


 その子が言うが、頭が無い人間は普通、死ぬのではないのか。


「え? じゃあ、マモルは私達のことも全然覚えていないって言うの?」


「ん。そうなる」


「ええ……そんな」


 カリーナという少女がショックを受けた顔をした。


「でも、言葉が話せるなら、赤ん坊よりはマシ。それにやっぱりマモルっぽい。ちゃんと人格が備わってる。意思もある。自我もある。だから魂は同じ」


 マインが少し力強く言い、カリーナもうなずいた。


「そうね……はああ……ま、いいわ。私とマモルって会ってまだそんなに経ってなかったし、また色々教えてあげればいいんだし、思い出だってまた作れるよ、うん!」


 大きくうなずいたカリーナが笑顔で言う。


「未来へようこそ! マモル!」


 カリーナが少し元気になったようで僕もほっとする。自信にあふれた笑顔だ。

 マインもうなずく。


「ん、教える。私はマイン、マモルの幼なじみで恋人」


 え? 僕は恋人がいたのか。でも、それならマインが僕の膝枕をしてくれていても良さそうなのだが……。


「ちょっとマイン! 何でいきなり嘘を教えてるのよ!」


 えええ……?


「フッ」


 銀髪のポーカー、ポーカー……なんだっけ? とにかく無表情な感じのマインが鼻で軽く笑った。


「コイツの言うことは気にしないで。マモル、あなたはね――」


 そうして、長い長い僕の物語が始まった。

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