第56話 賢者の持つ石と、守るべきもの
――申請が承認されました
初期シークエンス実行
超伝導加速空洞アルファ起動確認
超伝導加速空洞ベータ起動確認
超伝導加速空洞ガンマ起動確認
超伝導加速空洞デルタ起動失敗
超伝導加速空洞イプシロン応答無し
出力再計算……完了
ミラー衛星座標修正……
……修正完了
総エネルギー充填率85%……91%……
何だ? 何かが意識の端に流れ込んでくる。
僕は
賢者の石?
僕に流れ込む外部の意識が赤い石の存在を教えてくれた。他にも膨大な知識が流れ込んでくる。
『アカシックレコード』?『VISUYA』?
そこには全てがあった。
人類の歴史、哲学、科学、文学、芸術、その他ありとあらゆる学問、そして金平糖から生まれ出でた生命の起源まで。
だが、それもどうだっていい。
倒すべき敵は明らかだ。
『マシンエキドナ』
こんな奴が地上で暴れ始めたら、人類そのものが絶滅しかねない。
なぜこんなものを作ったのか。
自殺行為でしかないのに。
誰かが言っていた。使える物は誰かが必ず使ってしまう、と。
だが、それもどうだっていい。
たとえ僕の命を失っても僕はこの敵を倒す。なんとしても、ここで食い止めてみせる。その先が暗い道であろうとも、しかし、それでも恐れてはならぬ。
なぜなら――
僕には人として守るべきモノがある!
「おやおや、もう心が折れましたか? もう少し抵抗してくれないと、せっかくの狩りの楽しみが無くなってしまうのですがねぇ」
エキドナのコクピットから勝ち誇った表情でこちらを見下ろすワルダーは分かっていない。気づいてもいない。
――狩られようとしている獲物は、まさに自分だと言うことに。
エネルギー充填完了
重力系荷電粒子砲照準固定
最終確認コードの入力をお願いします
最終確認コード? いや、大丈夫、僕は知っている。その赤い賢者の石が教えてくれる。
ゆえに、僕はここに人類最強の呪文を唱える。
「強き神々の王、すべてを裁く天帝インドラよ、我らが怨敵をその天罰によって討ち滅ぼしたまえ!
僕は片手を天に向かって上げ、求められたパスワードを叫んだ。
――最終コード認証、承認されました
「んん? 何ですかそれは? やめてくださいよ、この期に及んで、ついに神頼みとは」
ワルダーは僕の行動がおかしいとは思ったようだ。僕にしては論理的でない行動。だが、いずれにせよ、会って数時間も経っていない人間の行動など、予測できるはずもない。
それは決定的な隙となる。頼むから、そこを動いてくれるなよ、ワルダー。
収束型重力系荷電粒子砲『VISUYA』発射!
太初に光ありき。
エキドナの周りに青白い光の粒がぽつぽつと顕現し始める。
それは蛍のような弱々しい光であったが、いくつもいくつも増え始め、集まり、強まり、次第に神の領域へと近づいていく。
「なんだ、この光は? 警告? 高エネルギー反応? 上? 高度四百キロメートル……?」
もしもワルダーが旧世界の知識をもっと詳しく持っていたならば、慌ててその場を離れたことだろう。
しかし、彼はエキドナの機体が粒子崩壊し始めてからようやく自分が攻撃されていることに気づいたようだ。目の前の僕をエキドナの腕で叩き潰そうと吠える。
それは力に溺れたワルダーとエキドナにとって、ふさわしい最期であっただろう。振り下ろされたエキドナの腕は青白い光のカーテンをついに破ることはできなかった。すべての原子が光に変換され、莫大なエネルギーが生じる。それを重力制御によって光のカーテンの内側に留めおく。天空の矢に貫かれし物はすべてが光となり消え失せる。それが旧世界の最終戦術兵器『VISUYA』の正体であった。
「良かった……」
僕はエキドナの最期の一片が消えるのを、薄れゆく意識の端で確認することができた。
こちらは照準の外であり、天空の矢には直接当たらなかったが、粒子崩壊の際に生じる超高熱が生じる。その放射熱の源を重力制御で押しとどめたとしても、周囲の空気を伝う熱までは止められない。
むべなるかな。神の領域に近づき過ぎた僕の全身は炎が吹き出した。おそらくこの肉体は数秒のうちに燃え尽き、骨と化す。焼かれてしまってはいくら吸血鬼病でも復活はないだろう。
それでもいいのだ。
僕が守りたいモノは守られた。
カリーナやマインや、親切にしてくれたバリスの街の人達、そしてこの世界。
それらがとても愛おしい。
僕の人生に未練は一片たりとも無い。
――そうして、僕は消えた。
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