第55話 倒すべきもの
リアルに想像するとちょっとグロい回です。ご注意下さい。
――――――――――――――――――――――――――――――
「うわああっ」
騎士達は恐れをなして逃げ惑うばかりだ。
エキドナの口から発せられたまばゆい光の線は、真っ直ぐに伸びると壁に当たり横に移動した。
すると、壁が真っ二つに切れ、崩れ落ちていく。強力なレーザーだ。
「ほう、これは面白いですね!」
今度は天井がレーザーによって削り取られ、大きなコンクリートの塊が落ちてきた。
音が腹に響き、床が震え、生きた心地がしなかったが、運良く僕らにコンクリートの破片はぶつかってこなかった。
「お、おお!」
ワルダーも少し焦ったようでエキドナが腕を盾のようにして防御姿勢になったが、塊が派手にぶつかって砕け散っても、その外殻には傷一つ付いていなかった。
「さすがは旧世界を滅ぼした兵器、頑丈ですねえ。素晴らしいです」
半透明のコクピットの内部、座席にいるワルダーが見えたが、上物のワインでも味わうようにうっとりした笑顔を浮かべていた。さっきので少しくらい壊れてもいいのにと願った僕にとっては残念な結果で、舌打ちしたくなる。
それに――。
落ちてきたものは、コンクリートの塊だけではなかった。上の階にあった不死者の水槽、それが三つほど落ちて容器のガラスが割れていた。
「あ……あ……」
あふれ出た培養液か何かの上で、意識が無いはずの不死者三人が、息苦しさを感じているようにもがく。
「大丈夫か!」
僕は彼らに駆け寄って助け起こしてやったが、ちぎれた酸素マスクのチューブはどうすることもできない。研究員の記録では、彼ら不死者にはもう痛覚が無いとのことだったが、信じたくともこの様子を見てはとても信じられない。ましてや彼らは屍でもない。
生物は生きているから動くのだ。
「どいてください。水槽から出られない人間なんて人間じゃありませんよ。役立たずで邪魔な虫と一緒です」
ワルダーはそう言ったかと思うと、エキドナの腕を使い、目の前で必死に這っている人達を叩き潰し始めた。
「や、やめろお!!!」
彼らは歩くことさえできなかった。何かをなすことも難しいだろう。仮に百歩譲ってそれはもう虫けら同然だと定義したとしても――一寸の虫にも五分の魂、彼らだって生きているのだ。それだけで殺すべき理由になるはずもない。
何より、自分たちと同じ姿をしている者を、かつて誰かに愛されていただろう人間を、無慈悲に殺せる神経が分からない。
「ワルダーぁああ!」
僕は怒りの声を上げる。だが、彼は気にも留めていなかった。
「なるほど、だいたいこの操作に慣れてきましたよ。ここをこんなふうに動かせば……」
エキドナの五メートルはあろうかという太い腕が、凄まじい勢いで僕を跳ね飛ばした。
僕の体はその勢いでドームの壁にぶつかり、嫌な音を立てて半分潰れた。
「ま、マモルッ!」
「逃げろ、カリーナ。僕は大丈夫だ」
「そ、そんな」
「いいから! 言うとおりにしてくれ」
「んん? 凄いですね、マモル君、その状態でよく喋れますね?」
「ワルダー、もっと不思議な物を見せてやる」
「ほう?」
どうやらカリーナとマリンが入り口から逃げる時間は稼げそうだ。
「僕の体をよく見ていろ」
「ふむ、おお? 傷が、もう回復している。さっきもおかしいとは思いましたが、それは何の力なのですか?」
「さあね、僕も詳しくは知らない。とにかく回復してしまうんだ」
「へえ。では使い道はあまり無さそうですね。何も分からないのでは、どうしようもない」
そう言ったワルダーはエキドナの腕で僕を叩き潰した。
「さて、次はこのボタンでも試してみましょうか」
ワルダーは新しい玩具を与えられた子供のように夢中になっている。今ので僕が死んでしまったと思い込んでいるだろうから、気づかれずに入り口から逃げれば、なんとかなるか?
「おや、まだ生きていましたか。あなた、気持ち悪いですよ、マモル君」
「くっ!」
見つかってしまった。おそらく魔神には生体センサーか何かが備わっているのだろう。
だとすると、このまま入り口から僕が逃げれば、奴が追ってくるはずだ。
ならば、せめて、カリーナ達がこの研究所から外に出るまでは時間を稼ぐべきだろう。
「おやおや、まだ生きているとは、信じられませんね。ちょっと面白くなってきましたよ、マモル君」
「ぐっ」
また潰された。
あまりの痛みに神経か脳の回路が麻痺し、僕は感覚を失っている。こうなるとすぐには動けない。
「さあ、また復活してくださいよ、マモル君。それくらいは私も待ってあげます」
僕は復活して、そして再び壁に弾き飛ばされた。
何度も、何度も。
もう何度潰されたか分からない。潰される度に、痛みと共に僕から何かが消え失せていく。欠けていく。こぼれ落ちていく。朽ちていく。とうに立ち上がる気力は萎え、痛みへの恐怖が増大する。自分が何をしているのかさえ、もはや怪しい。
とても大切な何かさえ、次第に失っている気がした。
それが何かももはや思い出せない。
だが、それでも、この敵を放置することなどできない。してはならないのだ。
――だから。
僕はたとえ腕一本であろうと、前に進む。潰される。
それでも再生して復活し、一歩前に出る。潰される。
何をやっても潰される。
そして何もしなくても、潰される。
「これはいい蠅叩きゲームですねぇ。これで数をスコアとして競ったら面白そうです。ほら! そこにも蠅が」
「え? ぐえっ」
壁際に隠れていた騎士の生き残りが潰された。そいつはお前の仲間だろうが! なぜ必要もないのに人間を殺す?
それを黙って見過ごせと言うのか。
それを神は見過ごすと言うのか。
僕は普通の人間よりも自分が死に無頓着になっているのは感じていたが、それでも――。
まだ人間だった。
だから、怒る。間違っていると感じることができる。
「アハハ、他人が死ぬのを見るのは本当に楽しいですねえ!」
「ワルダぁああああああ!」
怒髪天を衝くとはこのことであろう。憤怒の炎が感情を芯から燃え上がらせる。
絶対に倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!
僕のポケットに入れていたペンダントが赤く光った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます