第53話 友情と黄金
「戻ってこないな。どうするのだ、ワルダー」
あれからどれほどの時間が経ったのか。男爵はついに待ちくたびれたようで苛立ちの声でワルダーを責める。
「戻ってこないのなら、追いかけるしかありませんが……その前に、この者に悲鳴を上げて外に聞かせてやりましょう。ひょっとしたら、すぐ近くまで来て、こちらの様子を窺っているかも」
「ふむ。おい、入り口を開けたままにしておけ」
「はっ」
「さあ、分かっていますね、マモル君、あなたは外に聞こえるくらいの大きな悲鳴を上げてもらわないと。まあ、こちらで手伝ってあげますから、何も心配はいりませんよ。フフフ」
ワルダーが楽しそうに僕に近づいてきた。
恐怖とこの男のおぞましさに寒気がする。
「待ちなさい! 鍵があればいいんでしょ」
向こうの入り口から声がした。
「カリーナ!」
かつて、どこかの王様は友人のために命を賭けてまで戻ってくる人間などいないと思っていたらしいが、僕はカリーナが必ず戻ってくることを疑わなかった。むしろ、戻ってこない方がいいのにとさえ思っていたが、親切心なのか、博愛主義なのか、何にせよ彼女の心根としてこうして戻って来たわけだ。
それは困ったことになったという諦めと同時に、だけどやっぱり心の奥底がじんわり温かくなるのだった。
「素晴らしい。篤き友情だ。ワルダーの言うとおりであったな」
フォリエ男爵が手を緩やかに打ち合わせ、うなずいて笑うと拍手をして見せた。
ムッとした様子のカリーナから騎士が鍵を受け取る。そして男爵に恭しく手渡した。
「ふふ、ようやく我が手に、この正統なる持ち主に、あるべき物が戻ったわけだ。だが――」
忌々しそうに魔神エキドナを見上げるフォリエ男爵。
「なぜだ? なぜ余を受け入れぬ。この鍵で間違いは無いはずだ」
「閣下」
ワルダーが独りごち始めた男爵に声を掛けた。
「なんだ? ワルダーよ」
「はい、私が思ったのですが、鍵とは鍵穴に差すモノ。その魔神のどこかに鍵穴があるのでは?」
「おお……なるほどな。人の形を模してあったから、余としたことが気がつかなかった」
男爵は少しばつが悪そうに咳払いをすると、エキドナにゆっくりと近づく。魔神が急に動き出さないかと少し心配でもあるのだろう。
「やめなさい、男爵。魔神を復活させて何になるというの?」
カリーナが止めようとするが。
「フフフ、はははは! 小娘には分からぬか。いいだろう、教えてやるとも。旧世界を滅ぼすほどの力! それがあれば何でもできる。愚民共から苦労して絞り尽くさずとも、山ほど金貨が手に入るとも」
「金貨? フォリエ男爵、アンタはそんなに金を貯め込んでどうするつもりなの?」
「どうする、だと? 金は多ければ多い方が良い。金貨は決して私を裏切らない。金貨だけが信用できる。金貨の数こそが価値だ。富こそが力! それを死ぬ気で集めるのは当然のことだろう」
「アタシにはそれが幸せな生活にはとても見えないわね。同じコインを延々と集めて何が楽しいのかしら?」
カリーナがそう言ったので、僕は気づいた。
そうか、この人達は幸せの内容が僕らと違うんだ。金を集めていれば幸せ。だから、それ以外の価値を大切にする人を彼らは理解できないし、しようともしない。
なぜ他人を不幸に陥れようとするのか不思議だったが、彼らは他人を不幸にしようとか、そんな目的でやっているわけではなく、たまたま彼らが金儲けしようとしたら、他人が不幸になったというだけなのだ。
問題は、他人を不幸に陥れてでも儲けてやろうという意気込みの強さだろう。彼らは利害が対立すれば、敵と見なして攻撃し、なんとしてでも自分たちの目的と利益を優先する。
「悲しい人ね。お金で買えない物だってたくさんあるでしょうに。そんな事は無かったの?」
「その女を黙らせろ」
カリーナが問うたが、男爵はもう答える気も無さそうだ。
「ぐっ」
カリーナが騎士に殴られ、僕はヒヤヒヤする。僕の方はいくらでも体の傷が回復するが、カリーナはそうではない。普通の人間、普通の女の子なのだ。ちょっと気が強すぎるけど。
「おお……なんという不思議な肌よ。いにしえの時を経て、未だに輝いているとは。美しい……」
男爵がエキドナの表面を愛おしそうに撫でたが、気色悪いな。
「閣下、それよりも、鍵穴を」
「分かっておる。急かすでない、ワルダー」
「失礼致しました。僭越ながら、私も探すのを手伝わせて頂きます」
「うむ」
「どうするの?」
マインが僕に聞いてくるが……今はどうしようもない。男爵が鍵穴を見つけ出せないことを祈るしかない。
「くっ、ほどけ!」
カリーナが力尽くで縄を引きちぎろうとするが、まあ、無理だな。僕にしても、VANPは回復を速めるだけで、筋力を上げてくれるわけでは無い。だからこの縄を切るのは不可能。
「おおっ?」
男爵が驚いて身を引いたが、エキドナの腹がシューンと開き、人が通れる大きさの入り口が現れてしまった。
もう、ここまでか……。
旧世界を滅ぼしたという最終兵器。
せっかく生き延びた人達が栄華とまでは行かないまでも、それなりに豊かな生活を取り戻している途上だというのに、また世界は滅ぶのか。それも、人間の手によって。
僕は人間の業のようなものを感じて、ただただ力が抜けた。
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