第51話 封印の鍵
「な、何者だ!?」
「男爵をお守りしろ!」
騎士達もすぐにカリーナに気づいて、男爵を守ろうと走り出す。
ラグビーのようにその騎士のブロックを右に左に巧みに躱しながら、カリーナはついに男爵の元へ駆け込み、サッと彼の右手から鍵を奪った。
「マモル!」
わぁ、投げた。鍵をこっちに向けて投げた。そんなもの投げて来んな。
僕は運動神経は良くないんだって!
ああっ、案の定、鍵をキャッチできずに、床にこぼしてしまった。鍵さん待って。
「ちょっとぉ! しっかりキャッチしなさいよ、マモル!」
「おのれ盗人め! 鍵だッ! 奴らから鍵を取り戻せ!」
僕は慌てて鍵を拾うが、もう騎士達がこちらに向かって走り込んできている。
「マイン、パス!」
すでに反対方向へちゃっかり逃げ出していたマインに向かって、僕は鍵を投げた。少しあさっての方向へずれてしまったけれど、それでもマインは何かの呪文を使い、鍵を手元に収めることに成功した。
「ヘイ! こっちこっち」
フリーになっていたカリーナが今度は片手を上げる。マイン、大きく左にサイドチェンジ。カリーナに通った! よし今だ逃げよう。僕は出口へ向かって走り込む。
「じゃあねー」
「待てぇ! それは私の、余の物であるぞ!」
どうやら三人ともこのまま無事に逃げ切れそうだ――僕がそう思ったとき、パァン!と乾いた破裂音がして、僕の足に激痛が走った。足がもつれ、僕はもんどり打ってその場に転んでしまった。
「くっ!」
振り向くと、黒装束の男ワルダーが銃を持っている。ええ? この世界、中世じゃなかったの? チートずるい。
「いけませんねえ、他人の物を盗んでは」
ニコニコ顔で言うワルダーだが、余計に怖い。
「マモル!」
「ダメだ構うな、先に行け!」
僕は真剣に言う。ここで捕まったら、どんな目に遭わされるか。
「そんなのできるか!」
カリーナが戻って駆け寄ってくると、僕を助け起こそうとする。
だが、それではワルダーの銃に、君まで狙い撃ちにされるのがオチだ。
「ごめん、カリーナ!」
だから僕はカリーナを両手で突き飛ばした。
「きゃああ! マモル! 何でアンタはいきなり変なところを触ってくるのよ!」
自分の胸をかばったカリーナが可愛らしい悲鳴を上げた。別に胸を触ろうと思ったわけでは無いのだが、後で謝ろう。ただの不可抗力だ。
だがやはり、銃声が鳴り響き、予想したとおりに二発目が僕の腕に命中した。
危機一髪というところか。
「マモルッ!」
「ここは僕が引き受けるから、先に行ってくれ。僕の力、忘れたかい?」
VANP(ウイルス性ミトコンドリア活発過剰症)、別名吸血鬼病。肉体の傷がたちどころに治ってしまう病気。
「力って……ああ。本当に大丈夫?」
「もちろん。僕は不死身だよ」
笑ってみせたが、そこまで自分の体を追い込んで試したことは無いから、僕にも本当のところは分からない。吸血鬼病の患者はかなりの損傷まで耐えられると聞いているが、さすがに心臓や脳を撃たれたらヤバいと思う。
「分かった。絶対に後で迎えに来るから!」
「ああ」
ひとまずこれで、魔神エキドナがフォリオ男爵の手に落ちることは無くなった。
「美しいですねぇ。仲間を助けて自らを犠牲にする。もちろん、それ相応の覚悟があってのことですよね?」
いやー、無いです。
張り付いた笑顔のワルダーだが、目が全然笑ってない。
「殴れ」
ワルダーが騎士に命じて、騎士が小手のグーパンチで僕を殴った。
「ぐっ!」
「もう一度。みぞおちを狙いなさい」
ああコイツ、人の痛いところにやたら詳しそうだなあ。
最悪の奴に捕まってしまった。
「ぐえっ」
腹に食らって、息もできない。痛え……苦しい……。
「ワルダー、そいつはもう放っておけ。お前達も早く、あの女を追うのだ!」
「その必要はありませんよ、男爵閣下」
ワルダーが涼しげに笑って言う。
「なぜだ?」
「彼女が自分で言ってたじゃあないですか。迎えに来るって。仲間想いの彼女なら、人質を捕まえておけば、必ず戻って来ますよ。のこのこと自分からね」
「どうかな。自分の命が惜しくなって逃げ出してしまうのではないか?」
「では、賭けますかな、閣下。私は戻ってくる方に金貨一枚」
「よかろう、ワルダー。余は戻ってこない方に金貨一枚だ。日没までに戻ってこない場合は、こやつを処刑しろ」
「御意。おい、そいつを縄で縛っておけ。まあ、この傷なら、出血多量で死ぬかもしれませんが、人質に見えればそれで構いませんよ」
僕は騎士に縄で縛られてしまった。
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