第11章 封印されし神
第50話 もう一つの研究
「誰か来る」
マインが言うので上の監視モニタを見ると、さっき僕らが歩いてきた水槽脇の通路を、数人の騎士を連れた貴族と黒ずくめの男が横切ってくるのが分かった。
「チッ、先客さんか。あの感じじゃ、会わない方が良さそうね」
カリーナが舌打ちして言うが、武装している相手が友好的で無い場合はやっぱりそうだろう。仲間の騎士の死体を放置するような彼らは、なんとなくではあるが、こちらに友好的では無いだろうという気がした。
「じゃ、奥へ行くしか無いな」「そうね」
戻る道は鉢合わせしてしまうし、あの通路は一本道だった。
僕らはデータ管理室の奥の自動ドアをくぐり、通路をさらに奥へと進む。
「気をつけて、二人とも。さっきの黒ずくめの男、クリムゾンスカルの幹部、ワルダーだった。人を虫けらのように簡単に殺す男」
マインが早足で歩きながら言う。カンカンと鳴る床の足音の大きさが気になるが、データ管理室を初めて見た奴らならあそこで調べて時間を潰してくれるはずだ。そうであって欲しい。
「ワルダー、その名前は聞いたことがあるわ。そいつ、奴隷商人でしょう」
カリーナは名を知っていたようだ。
「うん」
「くそっ、またパスワードか」
見覚えのあるコンソールパネル付きの扉が目の前に立ち塞がっていた。ここを突破できなければ僕らは完全に袋のネズミになってしまう。
「ん、任せる」
マインは呪文を唱えることもなく、最初と同じ四桁の数字のパスワードを入力した。
正解!
「やるじゃん」
「フッ」
「よし、行こう」
その通路を抜けると、円形の広間につながっていた。広間全体が大きなドーム状の吹き抜けになっており、近未来的な継ぎ目の無い白壁に周囲が三百六十度覆われている。向こう側には巨大な扉が見えていた。
ドームの広間は壁際に太いケーブルをつないだ装置がいくつかあるものの、中央部はがらんとしていて、何も無い。
「なんだか変なところね。さっきからどうにもアタシの勘がヤバイって言ってるわ」
「同感だな。ここはまるでコロシアムみたいに見える。きっと大型の何かを扱う場所だ」
「ん、とにかく今のうちに隠れる」
壁際の、本棚くらいある箱形の装置の裏に僕らは隠れることにした。ここなら入り口からやってきても装置の陰になって僕らが見えない。
「彼らがここに入ってきたら、上手く回り込みましょう」
「いや、カリーナ、それだと振り向かれたら終わりだし、足音がある」
「あっ、そうだった」
「ここでじっとして、彼らが出て行くのを待った方が良いな」
「そうね」
この場所は何の研究をしていたのか、そんなことを考えながら待っていると、騎士をぞろぞろと後ろに引き連れた二人組がやってきた。
「おお、素晴らしい! 古文書にあった記述と一致しているぞ! そこは広き剣闘士の舞台なり!」
フリル付きの装飾過剰な赤い服を着込んだ貴族が、両手を広げながら中央へ歩いてくる。彼のくりんっと左右に伸びた鼻ヒゲはギャグにしか見えないが、まずい、ここで笑ったら負けだ。
カリーナも横で必死になって口を押さえて震えているが、彼女から見てもあの貴族のヒゲはちょっとツボに入る容姿らしい。ダメだ、他人の容姿を馬鹿にしてはいけませんと母さんも言ってたじゃないか。ぷぷっ。ダメ、見つかっちゃうって。
「ふふ、おめでとうございます、フォリエ男爵」
後からゆっくりと歩いてきた黒装束の男は張り付いたような笑顔を浮かべているが、どこか薄ら寒い印象を受ける。
「待て待て、まだ祝辞を述べるのは早すぎるぞ、ワルダー。それは鉄の魔神を我が手に入れてからだ」
「はい、これは失礼しました、閣下。ですが、これほどの施設の鍵をお持ちとは、いったいどのようにして?」
「まあ、ここまで来たなら教えてやってもいいだろう。我が先祖がここの研究所に勤めていたのだよ。第三次世界大戦の直前だな」
「黒き灰が降り血も凍るという七年戦争、旧世界が滅ぶきっかけとなった戦ですか。空から恐怖の魔神が降ってきたとかなんとか」
「そうだ。その魔神の一体がここに眠っているのだよ」
「ほう。それはぜひ、一度この目で見てみたいものです」
「さすがだな、ワルダー、顔色一つ変えないとは。お前達! 震えてないで、少しはワルダーの度胸を見習え!」
「も、申し訳ありません」
騎士の何人かが顔を青くしているが、なんともおっかない連中だ。僕ならそんな魔神なんて、見たくも無いね。
フォリオ男爵と呼ばれた男は一番奥の巨大な扉に近づいた。それを僕らは息を潜めて様子を眺める。
彼がパスワードを入力すると、ガコンと音がして巨大な扉が左右にスライドし始めた。
照明が点灯し、そこに鎮座している巨大な魔神――マシンが姿を現す。
「あれは、エキドナの神……」
マインがつぶやいたが、僕には分かる。あれは神でも魔神でもない。ただの機械だ。
上半身は人型だが、下半身はカタツムリのような本体になっていて、腕は六本ある。白い彫刻のようにも見えるが、なんだか酷く醜悪で悪趣味な姿だった。
「おお、美しい……古文書に記されし、蛇の腹。ふふふ、これで私は王となる! ポート=フォリエ一世が、絶対的な力でこの世界を支配するのだ! おお、我が世の春はついに来たれり!」
熱弁を振るうフォリエ男爵は世界征服を夢見ているらしい。これまた面倒そうな人間が、まずそうな兵器を手にしちゃいそうだなぁ。……だけどまあ、後で王国の兵士に報告するくらいかなー、僕らにできる事は。
「さあ、魔神エキドナよ、お前を創造せしめし正統なるマスターの鍵を見よ! これがソロモンの鍵だ! んん? エキドナよ、これが鍵だぞ! どうした!」
フォリエ男爵が銀色の鍵を右手で高く掲げたが、何も起きない。
このまま何も起きなければ世界は事も無しで平和で行けそうだが。
あの鍵はたぶん、コクピットに乗り込んで差し込んで使うとかじゃないのかなあ。
それかボタンがあって、リモコンになっているとか。
と、俺のすぐ横に屈んでいたカリーナがいきなりダッシュでフォリエ男爵に向かって走り込んだ。
え?
いやいやいや、何しちゃってるの! 見つかっちゃうよ! カリーナ!
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