第48話 水槽に収められたもの
日本にそんな施設が存在するとは思わなかったが、現にこうしてそこにある。
「生物兵器って……アタシ達はクリスタルチップだけでいいんだけど?」
「そのクリスタルチップの中身、何のデータなのか、それも気になってきたな……」
あの怪しげな依頼人、軍事関係者だったりするのだろうか?
「それは……とにかく、探すだけ探してみましょう。この扉、開かないの?」
カリーナが手で取っ手を掴んだが、とても手動で開けられるような大きさでは無い。
「カリーナ、それならこっちだ」
僕は扉の右にあるコンソールパネルを見つけ、まずは見てみる。プッシュ式の電話機のような、0から9までの数字を並べたボタンがあった。
「ボタン式パスワードか……思ったよりアナログな鍵だな」
「鍵? じゃあ、その鍵が無いと入れないわけ?」
「まあ、当然だね」
「エー?」
「ん、任せる。ここは魔術師の出番」
マインがそう言うと、杖を構えて何やらブツブツと呪文を唱え始めた。
「――無意識の源泉、内なる篋底の狭間より来たれ、追憶の精霊よ、我はここに偽りの誓約を求めん、サモン、メモリー!」
杖の先がほのかに緑色に輝いたかと思うと、コンソールパネルのボタンが順に四つ、光り輝いて答えを教えてくれた。
「凄いわ!」
「マジですか。これ、泥棒とかやりたい放題だな……」
カリーナは素直に感心したが、僕はあきれてしまった。
「フッ。でも、魔法に細かい条件もあるからいつもはそう上手くいかない。時間が経ちすぎても無理。だから、この扉は誰かが最近使ってる」
「例の先客様ね」
カリーナがため息交じりに言うが、上の通路で死んでいた騎士の仲間がここに先に入ったのだろう。明らかに僕らは遅れを取っている。
ゆっくりと僕らの前で左右に開く鋼鉄の扉。
その向こうに新たな道が開けた。
僕とカリーナとマインの三人はそこに足を踏み入れる。
この先に危険があるのは先刻承知だが、ここまで来たからにはもう少し先まで見たいと思ってしまったのだ。
「ほら、マモル、先に行くわよ」
「ああ、待ってくれ」
バイオハザード区画なら、くぐったところに化学防護服が備え付けられていると思ったが、通路には何も無かった。それならまだここは大丈夫なはずだ。カンカンと足音を立てる排水溝の網蓋のような床を僕らは進んでいく。
「なに……これ……」
先頭を歩いていたカリーナの足が止まる。
そこは一本道の通路だ。左右には背丈より大きな水槽がいくつも並んでいる。水槽と通路の間は分厚いガラスでしっかりと区切られていた。だから汚染の心配はなさそうだったが、何よりもその水槽の
ぼうっとおぼろげに青白く下から光っている肉体は、水の中に静かに浮かんでいる。
口にはマスクとチューブがつながっていた。
「人間か……」
僕はここに足を踏み入れたことを少し後悔していた。
ここの研究所は、人間を実験台にしていたというのか。馬鹿げてる。
「死体を水に入れて、どうしようっていうの?」
カリーナが問うが、僕らは三人ともその答えを持っているわけがない。
「違う。ここの全員、まだ生きている」
マインがさらにぞっとするようなことを言ってくれた。
「生きてるって、じゃあ、助けないと!」
ナイフを持ち出したカリーナに僕は慌てた。
「よ、よせ、カリーナ! ここはバイオハザード区画、何かの病気を持ってる可能性もある。そのガラスは絶対に割っちゃダメだ」
「マモル、あなたも病気だったんでしょ。随分と冷たいことを言うのね」
「それは……だけど、ここの人達は、僕とは違う。酸素マスクをしているから溺れてはいないし、相当に危険な病気のはずだ。せめて、防護服でもあれば……」
「それがあれば助けられるのね?」
「ううん……」
カリーナは本気で彼らを助けようと思っているようだが、僕には不可能に思えた。
「とにかく、その防護服を探してみましょ」
通路を進むが、不気味な水槽の他には使えそうなものも無い。
その先にある自動ドアをくぐると、そこはデータ管理室なのか、たくさんのモニタが並び、規則的な心電図の波を映し出していた。
「この部屋は何なの?」
「さっきの水槽を管理してる部屋だよ。マイン、君の魔術でここのヘルプかデータ……研究の目的を調べられないか?」
「やってみる」
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