第45話 納豆味
「そうだけど? 質問の意味が分からない」
少女が何でそんなことを聞くのとばかりに小首をかしげる。青いローブを羽織った彼女は、見た目は確かに魔術師なのだが。
「マジですか……」
「ああ、マモルは魔術を見るのは初めてなんだ?」
「初めてだよ。ゲームじゃ見た事があったけど、どうなってるんだ? 仕組みは?」
「さあ? そんなに数はいないけど、さっきみたいに魔法を使える人間がいるわよ。魔力が尽きると何もできなくなるから、そこまで怖くはないけどね」
カリーナが何でも無いように言ったが、いったいこの未来は何がどうなっているのやら。
「その年齢で魔術を知らない……?」
少女が僕をやや不思議そうな目で見た。
「ああ、こいつはね、原始人で最近コールドスリープから目覚めたばかりなのよ」
カリーナが説明する。
「原始人って、失礼だな、そこまでは遡らないぞ。六百年くらいだ」
「技術者なの?」
少女が質問してきたが、コールドスリープ患者の有用性については彼女も知っているようだ。
「いいや、僕はタダの高校生で、何のスキルも無いよ」
肩をすくめる。
「そう。なら良かった。あなたは組織から逃げる必要もない」
「そうかもな」
何も持っていないことがプラスの価値になるとは意外だった。
「さてと、じゃあ、取引よ。他に行き場がないなら、君をアタシの家に泊めてあげてもいい。飯も奢るわ。その代わり、クリスタルチップを探すの、手伝ってくれない?」
カリーナが提案した。
「クリスタルチップ……電算機用光記録媒体、そんな使えもしないモノを手に入れてどうするの?」
「アタシは知らないけど、依頼人が欲しがってるのよ。高値でね」
「そう。分かった。なら手伝う」
「決まり! アタシはカリーナ、彼はマモル。君の名前は?」
「マイン」
「じゃあ、マイン、よろしくね」
あっさりとカリーナは仲間にしてしまった。とはいえ、攻撃されないなら、僕も文句があるわけではない。
「まずは食料と水を調達しましょう。そろそろお腹が空いてきたわ」
「それなら、こっち」
マインが厨房の壁際に設置されている五十センチほどのボックスを開けると、中に空のプラスチック容器がいくつも重ねられて入っていた。彼女はそれを三つほど取り出すと、隣の電子レンジのようなドアを開けて、その中に容器を一つ置いた。
「苺、ブルーベリー、あずき、抹茶、葡萄、コーヒー、チョコ、バナナ、納豆、好きな味は?」
マインが聞いてくる。食べ物らしい。
「バナナ!」
カリーナは速攻で答えた。
「じゃあ僕は……チョコかな」
抹茶やブルーベリーも捨てがたいが、今はチョコの気分だ。
「じゃ、待つ」
マインがボタンを押すと、この装置はまだ生きていたようで、緑のLEDランプが点滅すると、容器の上にソフトクリーム状のものがうねうねと上から
チン、と音がしてレンジから乳白色のクリームが乗った皿をマインが取り出す。
「はい。スプーンはこれで」
「わぁ、ありがとう。うん! 美味しい。バナナね!」
カリーナが一口豪快に行って、感激したように喜ぶ。
「バナナ成分も入っているけど、厳密には違う。他の物も混ぜられた完全栄養食」
マインが詳しく説明した。
「どっちだっていいわよ、こんなに美味しかったら。甘ーい!」
彼女は甘党だったようだ。
「はい、チョコ」
マインが僕にも渡してくれた。
「ありがとう」
伽羅色の美味しそうなソフトクリームを受け取り、スプーンで掬って食べてみる。
「ふむ、こっちはそんなに甘くないな」
冷たくはない。それ以外は普通にチョコ味のソフトクリームだ。
「マモル、それ一口いい?」
「いいけど……」
カリーナは間接キスなど気にもとめないようで、スプーンで僕のソフトクリームを予想以にかなりごっそり欲張ると、自分の口に放り込んだ。
「うん、これもいい!」
その間に三つ目のソフトクリームを完成させたマインがレンジから取り出し、ちまちまと掬って食べ始める。
「マイン、あなたのは何味にしたの? 一口頂戴」
「ん、納豆味」
うわ。
「ナットウ? 聞いたこと無いけど――うげぇえええ、何この味! あああぬるぬるして糸引いてるヤダナニコレ気持ち悪いぃいいい!」
身もだえするカリーナだが、まんま納豆味だったようだ。甘納豆ならまだ分かるんだが……。
「これが一番癖になる。フッ」
あなたも食べる?とマインに普通に皿を差し出されたが、僕は遠慮させて頂きます。納豆は嫌いじゃないけど、クリーム状のは食べたくない。
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