第43話 文明の光
「ホログラム地図だと、この辺りみたいね」
「何も無いんだけど……」
僕は見回して言う。辺りは草も生えておらず、ただ赤茶けた荒れ地がずーっと広がっているだけだ。
「とにかく、地図は間違ってないんだから、探すわよ」
「了解、ボス」
「その呼び方止めて。なんか気にくわない。カリーナで良いでしょ」
「はいはい。了解、カリーナ」
僕はいったんスカイウォーカーを降りて、カリーナとは別々に研究所を探す。乾いてひび割れた大地の上を一歩一歩進む。
あるのかなあ? 無さそうだよね?
建物はもちろん、ここには人っ子一人見当たらない。
「なんでここ、人がいないんだろう?」
探していて、僕は素朴な疑問を抱いた。
「緑が無いところに、人なんて暮らせるわけないでしょ」
近くに戻って来ていたカリーナが言った。
「ああ、なるほど、それもそうか。畑が要るんだった……」
飛行機や大型船が無いこの世界では、食物の大量輸送ができない。
ディーゼルエンジンの大型トラックも無いので、生鮮食品を遠くまで運べない。
草が無ければ牛や豚も育てられないし、ビタミン不足に陥ってしまうだろう。
食べられないのなら、人はその土地で暮らせない。当たり前と言えば当たり前のことだった。
ただ……それならなぜこの辺りには全く草も生えていないのか?
それはカリーナに聞いても分からないだろうと思ったので僕は質問せずに黙っておく。
きっと地質が植物の生長にとっては良くないのだろう。あるいは、水が足りないとか。地図だと海が近かったが、塩水では植物は育たない。
「向こうにガルムがいるわ」
カリーナが丘のあたりを指さしたが、僕の視力では何も見えなかった。あの獰猛な狼の鋭い牙を思い出して僕は身震いする。いくら傷が治ると言っても、あんなのに何度も噛まれたくない。奴らは首を乱暴に振って肉を引きちぎろうとしてくるから、かなり痛いのだ。
「あの辺は後回しにしましょう」
「いや、待ってくれ。ガルムって何を食べてるんだ?」
僕はそこが引っかかった。生物なら何かを食べて生きているはずである。
「あっ、そうね! 冴えてるじゃない、マモル。あそこを調べに行くから、早く乗って!」
弾んだ声のカリーナはガルムを全く恐れていないようだ。それに比べて僕は微妙にゆっくりと、スカイウォーカーに乗り込んだ。
「GRURURURU……」
美味しそうな獲物を発見したガルム達はこちらを見上げて低くうなり声を上げている。
「カリーナ、ここではあんまり低く飛ばないでよ?」
狼共に飛びかかられては嫌なので僕は懇願する。障害物も無い場所だし、ここならスピードは普通に出せるはずだ。
「分かってるけど、何か見落としたら探しに来た意味が無いでしょ」
「命を大事に」
「んー、それもそうね」
丘の回りをぐるりとスカイウォーカーで一周していると、一カ所、そこに明らかに人工のトンネルがあるのが分かった。
「あそこだ!」
そのまま僕らはスカイウォーカーでトンネルの中に滑り込む。このトンネルの広さは二車線分あるので、バイク一台分のスカイウォーカーなら楽々通れるスペースだ。
「ああっ、ここは!」
僕はその奥を見て、驚いた。
「奥が明るくなってるわね。何かしら?」
「電気だ!」
天井から白く照らす光は、種類は不明なものの人工の光で間違いはなかった。僕がコールドスリープしていた無意識の時間を除けば、そこまで久方ぶりと言うわけでもないはずなのに。文明の光に僕は思わず懐かしさすら覚えた。
「ええ? 誰かこの辺りに人間が住んでるっていうの? まさか」
カリーナはまだ信じていないようだが、誰も住まないのに電気を使うはずがない。
トンネルをさらに進むと、分厚い隔壁で閉ざされ、そこで行き止まりになっていた。ただし、隔壁の向こう側からこちらに太い木の根が突き破って伸びていて、金属をものともしない自然の力強さには感心させられる。
「なるほど、ガルム達はこの木の根っこを食べていた訳ね。あちこちに食い散らかしてる跡があるわ」
「カリーナ、あの穴から向こうへ行けそうだ」
木の根っこの隣に空いている隙間を見つけ、僕とカリーナはスカイウォーカーをその場に置き、建物の中へと入ってみた。
「カリーナ、ガルムがいないか、気をつけて」
僕はどんどん先に進んでしまうカリーナに警告する。
「大丈夫よ、何もいないわ」
建物内部では、自然の侵入者が我が物顔で太い幹を伸ばし通路を横切っている。木の根っこによる浸食だ。それでも通路自体は天井の照明に明るく照らされ、それなりの幅の余裕がある。通るのに問題はない。
「どうやら、ここが例の研究所みたいだね」
僕は確信を持って言う。何の研究をしていたのかは分からないが、これほどの施設がいくつもあるとは考えにくい。
「そうね。それにしたってよくこんな物を作ったわねぇ。これだけ大きいのに壁が全部綺麗に真っ平らだわ」
カリーナもこの規模の人工物を見かけたのは初めてのようで、その技術水準の高さに関心を寄せていた。
「昔は機械を使っていたからね」
「それくらいは私も知ってるわよ。――待って!」
カリーナが鋭い声と共に手を上げて僕に警戒を促し、通路の曲がり角の先をそっと覗く。
どうしたのだろう?
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