第42話 野犬の群れ
僕らがバリスの街を出発して三日目、ここまでは何事もなく順調にスカイウォーカーで移動できた。
「この森を北に抜ければ、目的地のはずよ」
カリーナが言う。そこは
「他に道はないの?」
気後れして僕はカリーナに問う。
「無いわね。というか、この辺は道も無いし、どこもこんなものよ」
カリーナは気にしたふうもなく、スカイウォーカーを森の中に侵入させた。
大岩や大木があるため、それらを避けて通る必要があり、真っ直ぐ進めない。それでもカリーナは巧みにスカイウォーカーを操り、止まることなくスムーズに森を進んでいく。
思ったよりも簡単に進めるな。
だが、辺りから低く唸る獰猛な鳴き声が聞こえて来た。
「これは……! いけない! ガルムだッ!」
カリーナが叫ぶ。
「ガルム?」
「人を食う狼さ。近くにいる。マモルは後ろを見張ってて」
「分かった」
僕は後ろを見たが、ちょうど茂みを突き破って、次々と獣が飛び出してくるのが見えた。光沢のある深紫の変な色をした不気味な大型犬が、何頭も僕らを追いかけてくる。
「カリーナ、後ろだ!」
「しっかり掴まってて、マモル。飛ばすよ!」
「うひっ!?」
スカイウォーカーが唸りを上げて、ウィリー走行で加速するから僕は焦った。
かなりのスピードで空中を飛ぶスカイウォーカーだが、空気圧を地面に噴射する機構なのでそれほど高くは飛べない。しかもガルム達はこの速度でも引き離されずに疾走して追いかけてくる。
「GAU!」「GAU!」「GAU!」
「ちぃっ、しつこいね。よりによってこんな森で!」
カリーナが素早く傾けてスカイウォーカーの重心を取り、危ういところで前に迫ってきていた大木を
「いてっ」
顔に木の小枝が僕の顔に当たったが、それくらいは我慢すべきだろう。スカイウォーカーの飛ぶ高度を地面すれすれの低空まで下げたカリーナだが、浮く動力を節約して、その分を前の推力に動力を回せたのだ。この方がスピードが出るはずだ。
しかし、そうなると今度は地面の地形にまで合わせて上手く操縦せねばならず、木の根っこや茂みが迫ってくる度に僕はヒヤヒヤした。それでもカリーナの腕を信じ、黙って彼女の腰に抱きつく。後ろのガルムも気になるので僕は時折、振り向いて背後を確認しておくことにする。
「カリーナ、右だッ!」
ちょうど左から一頭のガルムが跳んできたので、僕は彼女に大声で叫んで報せた。
「くっ」
カリーナがスカイウォーカーを右に傾け、間一髪のところでガルムの跳躍を空振りさせることができた。しかし、十頭以上のガルムの群れを引き連れ、その先頭の一頭が一メートルも離れていない状況では、とても安心できたものではない。
「まずいね……知ってる道ならなんてことはないんだけど、これじゃ奴らを振り切れない」
カリーナが弱音を吐いた。
「このまま行こう、カリーナ。燃料は持つんだよね?」
「それは大丈夫、出発前にこの子をたっぷりお日様に当てておいたから、全速力でもまだ三日は走れるよ」
「そりゃ凄い」
太陽光発電でそこまでのパワーが出るのは不思議だったが、今は僕の知らなかった旧世界の技術にありがたく頼っておこう。
しかし、僕らの幸運は長くは続かなかった。
「しまった。崖!? ここで行き止まりだなんて!」
カリーナの声に前を見ると、正面の先に崖が壁のように立ち塞がり、このスカイウォーカーでは上れないようだ。となると、道なりに左右に移動するしか無いが、ここでガルムに追いつかれてしまう可能性が出てきた。
「カリーナ、万が一の時には僕が囮になるから」
「マモル、二度とそんなふざけた提案はしないでよ。アタシの頭がイライラで煮えたぎって操縦をミスるかもしれないからね! さあ、こうだ! アタシのテクならやれるッ!」
「うわっ!」
地面と平行になるまでスカイウォーカーを真横に傾けたカリーナは、そのまま崖に向かって噴射すると、今度は崖に張り付くように走り始めた。
「ひい! うひぃいいい――!」
頭が左側の地面にぶつかりそうになるので、僕は必死で上体を起こそうとする。こんな目に遭うと分かっていれば、腹筋も鍛えておいたんだけども。
「マモル、次は水平に戻すよ」
「わ、分かった!」
「せーの!」
カリーナと一緒に重心を合わせ、スカイウォーカーを本来の走り方に戻す。上手く行った。
「ふう、死ぬかと思った」
「ふふん、これで奴らを引き離せたでしょ」
カリーナがどうだと言わんばかりに笑って、後ろを振り返る。
「よしっ! やった!」
助かった。
――僕もカリーナもそう思ったのだが。
「GAU!」
突然、木の上から一頭のガルムが僕らに襲いかかってきた。
「きゃっ!」
「ぐっ、ああ! いって!」
ガルムが僕の腕に噛みつき、そのままでぶら下がってくる。僕は振り払おうとしたが、鋭い牙でがっちりと食らいつき、離れてくれない。
「GAUGAU!」
「マモルッ!?」
「ぐっ、大丈夫、止めるな! カリーナ! 絶対にここでスカイウォーカーを止めちゃダメだ!」
こいつは単独で木の上にいたようだが、まださっきの群れもそう離れてはいないはずだった。奴らに追いつかれてしまえば、二人とも危うい。
「分かった。このぉっ、マモルを放せッ!」
カリーナが大木の脇をギリギリですり抜け、ガルムの胴体をその木に上手く当てた。
「KYAINN!」
「ぐっ!」
腕の肉を引きちぎられて持って行かれてしまったが、なんとか奴を置いてけぼりにできた。
「マモル、大丈夫?」
「大丈夫だ、痛いけど、この傷ならすぐ治るから、そのまま行ってくれ」
「うん、分かった」
僕とカリーナは周囲を用心深く注意しながらスカイウォーカーで森の中を進んだ。
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