第40話 冒険とデカい声

 ここから見えるのは壁と正面の鉄格子だけ。明かりの魔道具がぼんやりと世界を照らしていた。

 思い浮かぶのは、旧世界の父さんや母さん、そして妹の真希のこと。そしてカリーナや女将さん、街のみんなのこと。

 たぶん、これで良かったのだろう。僕は誰も感染させずに済んだのだ。

 街のみんなのことを考えるなら、これが一番良い結果のはずだ。


「ぐすっ」


 だが街のことを色々と思い出していると涙があふれてきた。


 やっぱり、僕はみんなと生きていたい。

 そう思ってしまった。

 こんな病気、早く無くなってしまえば良いのに。


「マモル、出ろ」


 牢屋の鍵を開ける音がして、そちらを見ると、銀髪の女騎士エルザだった。

 まだ眠っていなかったが、もう夜明けなのか。

 縄を外されたが、僕は大人しくエルザについて行く。


「少し待て」


 だが、通路の先を窺うエルザは少し様子がおかしかった。


「エルザさん?」


「しっ。見つかればお前はもちろん、私まで処刑だ。頼むから静かにしておいてくれよ」


「ああ……」


 彼女は、危険を顧みず、僕を助けてくれるつもりらしい。たった一度、東の森のダンジョンで出会っただけの関係なのに。 


「こっちだ」


 扉を開けて外に出ると、星空が見えた。

 これで僕は自由になれるのだろうか?


「後は私が同僚を上手く言いくるめて、お前を処刑したと、領主様に報告するようにしておく。バリスの街で暮らしている限り、領主様の目に触れることも無いから、お前は安全だ」


「いいんですか? それだとエルザさんが……」


「心配するな。私とお前の関係を知る者はあの騎士の他にはいない。それに私は日頃の行いが良いからな、疑われることもない」


「だといいですが……」


「いずれにしろ、オオムカデを倒した英雄を処刑させるわけには行かぬ。こちらのことは心配するな。それにしても……迎えを寄越せと言ってあったのに、まだ来ていないか」


 エルザが周りをキョロキョロと見回す。僕も見回したが、三つの黒い影が近づいてくるのが見えた。


「よう、マモル」


 僕の名を呼んだ野太い声にちょっと驚く。


「バッカーさん!?」


「イエス、兄貴です」

「ヤー、兄貴だぜ」


 てっきりカリーナが迎えに来てくれる者だと思ったが、見事に当てが外れた。


「遅いぞ、何をしていた」


 エルザが三人兄弟を咎める。


「ああ、それはな……」


「イエス、ちょっと間違えまして」

「城の正面でずっと待ってたんだぜ、ヤー。すぐ気づいて良かった」


「なに? まったく。城の者に気づかれなかっただろうな? 裏門の警備は私の部下が担当しているから問題ないが、正面玄関には別の兵がいるのだぞ?」


 エルザがそこを気にした。


「まあ騒ぎになっていないなら、大丈夫だろうよ、そう心配しなさんなって」


「イエス、そうですとも」 

「ヤー、問題ないべ」


 ちょっと怪しいが、ここは三人兄弟の言うことを信じるとしよう。


「ではな、マモル」


「どうも、ありがとうございます、エルザさん。それと……名前はやっぱり変えた方が良いですかね?」


 僕は聞いた。偽名で生きるなんて、どうも気が進まないのだが。それも生きるためだろう。


「不要だ。マモルなど珍しくもない名前だ、そこは他人のそら似、同姓同名で通る。ただし、自分がオオムカデを倒した勇者だと自慢して回るなよ?」


「ええ、しませんよ」


 僕もそんな間抜けじゃない。


「おうよ、アレはおめえ独りだけで倒したわけじゃねえ。オレ達も石を投げて協力したんだからな!」


「イエス、そうですとも!」

「ヤー、その通りだぜ!」


「ふふ、分かりましたよ」


「では、早く行け」


「おう」


 三人と一緒に、街へ向かって歩く。


「カリーナは……?」


「アイツなら、今から領主の城に乗り込んでマモルを助けるんだー!なんて息巻いてたぜ」


「イエス、考え無しにもほとほと困ります」

「ヤー、馬鹿だぜ、アイツ」


 きっと女将さんや街の人が止めてくれたのだろう。僕はその様子がありありと想像できて苦笑してしまった。


「そういえば、この仕事の代金は?」


 僕は彼らの報酬が気になった。


「心配するな。あの騎士様からもうもらってる」


「イエス、前金で銀貨一枚、迎えに来るだけで美味しい仕事でした」


「ヤー、旨かった!」


 それならいいだろう。簡単に事が済みそうだが、やっていることは領主への反逆だ。この三人がそこまで意識しているかどうかは分からないが、危険な仕事には違いなかった。


「馬鹿野郎、トンチン、声がデカいぞ!」


「おっと、ごめんよ兄貴。でも兄貴の方が声がオレっちよりずっとデカいぜ?」


「なにぃ?」


「イエス、兄貴の方がデカいですよ、まったくもう、城の連中に見つかったらまずいですから、二人とも静かにしてくださいよ! まったく馬鹿ですね、こんな時に!」


「おめえもうるせえじゃねえか、アッホー!」


「しー! みんな、いいから静かに」


 口喧嘩を始めようとした三人に僕は言い、頼りない星明かりだけで、ちょっと楽しい夜の冒険としゃれ込むことにした。


 そう、人生は冒険だ。

 僕は、この世界で生きていこう。


 生きるのだ。それがどんなに格好悪くてもいい。何もできなくたって僕は諦めない。病気だろうと、欠陥品だろうと、不良品と呼ばれようとも――。


 だってそれは僕に命がけで命を与えてくれた人達の願いなんだから。


「さあ、目的地はバリスの街だ!」


 僕は高らかに宣言した。


「だから、さっきからデカい声出すなって言ってるだろが、馬鹿野郎がッ!」

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