第39話 罪人

「これは、いったい、どういうことよ!」


 カリーナは家の前で仁王立ちになり、やってきた騎士と兵士に対して怒鳴っていた。


「なんで、街を救った英雄が、人々を惑わす妖術使いになっちゃうのよ? 冗談じゃ無いわ! マモルは妖術なんて使ってない。ただ……ちょっと人より傷の治りが早いだけよ。本当にそれだけだもの」


 カリーナが僕をかばってくれたが、遠からずこのようなことになるのではないかと僕は前々から思っていた。VANP患者の血液に接触しない限りは感染しないと分かっていても、常識外れの回復力は人々を不安にさせる。その噂がちょっと臆病な権力者の耳に入れば、必要以上に恐れた彼らが、安心のために何らかの手を打ってきても不思議ではなかった。


 人間は理解できないモノに対して恐れるようにできている。

 

 それはどんなに否定しようとも、生理的な感情の一部であり、本能みたいなものだ。だから、相手を理解できるようにするか、恐れたとしても問題が起きないような方法が必要になると思う。

 だが、それをきちんと説明するにしても、完全武装した相手ではなかなか難しそうだった。


「構わん、マモルとやらはお前だな? 連れて行け」


 馬に乗った騎士が言う。


「ちょっと!」


 兵士が僕の腕を掴もうとしたが、カリーナがその手を防ぐ。


「娘、自分が何をしているか、分かっているのだろうな。これはご領主様の正式なご命令である! 逆らえば、お前も罪人とがびとだぞ?」


「くっ、それが――」


「いいんだ、カリーナ」


 僕は突っかかろうとしたカリーナの肩に手をかけ、優しく言った。数ヶ月の短い間だったけれど、カリーナは本当に良くしてくれた。街の人達もそうだ。ここで目覚めて外を見たときには、どうなることかと思ったが、僕は未来に希望が持てた。それだけでも充分だった。何も無いよりは良い。


「良くはないでしょう!」


「およし、カリーナ」


 騒ぎを聞きつけたのか、騎士と兵士の一団を見かけて察したか、食堂の女将さんが来てくれていた。この人がいればカリーナをしっかり止めてくれるだろう。


「女将さん、カリーナを頼みます」


 僕は言う。


「分かった。安心おし」


「ちょっと! 女将さん!? 何言ってるの!」


「よし、連れて行け」


 縄を後ろ手に掛けられ、兵士に連れられていく俺。遠巻きに街の人が見ていたが、誰もが厳しい顔だった。


「マモルーッ!」


 カリーナの悲痛な声に僕は息が詰まりそうになる。だが、彼女まで巻き込むわけには行かなかった。

 それは僕がようやく手にした大切なモノ――人のぬくもりなのだから。

 



「あそこが子爵様の城だ」


 兵を一人で統率する騎士が指さした。

 緑の丘の向こうに切り立った崖があり、さらにその上に城がそびえ立っていた。これは歩きだと結構歩かされるなあと僕はそんなことを思った。

 城に到着し、門をくぐり中に入ると、見覚えのある銀髪碧眼の女騎士がいた。


「エルザさん……」


 彼女も事情は知っているようで、難しい顔をしていた。


「おい、そいつを一発殴れ」


 男の騎士が言った。


「はっ」


「ぐっ」


「騎士を呼ぶときは様付けだろうがッ! この平民風情がッ!」


 男の騎士が怒鳴る。


「良いのだ、この者とは知り合いでな、以前会ったときに、私が彼に気安く呼ぶことを許している。オルトール様の元へは私が連れて行こう」


「いや、これはオレが連れて行く。命令を受けたのはオレだ。余計な口は挟むな」


「ふう、そうか」


 赤い絨毯が敷かれた廊下を、僕は兵士二人と騎士一人に連れられ、城の一室へと通された。


「オルトール様、マモルを連れて参りました」


「うむ、ご苦労であった」


 領主オルトール子爵は、大きな執務机の向こうに座り、爪のお手入れをしていたようだった。神経質そうに専用の小さなヤスリで、丁寧に丁寧に指先をこすっている。


「あの、オルトール様?」


 放置された騎士が恐る恐る尋ねる。


「分かっている、今、大事なところなのだ。少しくらい待てぬのか」


「し、失礼しました」


 僕に対してはやたら居丈高だった騎士だが、領主には頭が上がらないようだ。


「ふむ、これでよし。勇者マモルよ、まずは礼を言わねばなるまい。バリスの街の近くに出没するオオムカデは、私も前からどうにかしたいと思っていたのだよ」


 罪人として連れてこられたはずだが、子爵は奇妙にも僕に礼を言ってきた。ただ、縄を解けなどとは一言も言おうとしないので、やはり、僕の運命は変わらないのだろう。


「本来ならば、褒美を与え化け物を倒した英雄として讃えるところなのだが……マモルよ、お前の功績は大きすぎた。騎士団をもってしてどうにもできなかったあの化け物を倒したのだ。人を超えた大きすぎる力は必ず災いとなろう。街の人間に、領主よりも役に立つ、などと思う者が一人でも出てきたら私は困るのだ。分かるかね?」


「はあ、何となくは」


 それは秩序を乱す不穏分子ということなのだろう。


「それに、お前はコールドスリープ患者であったな?」


「……そうです」


「旧世界は民主主義というものが流行っていたそうだが、ここは旧世界ではないのだ」


「はい」


「惜しいな。道理もわきまえている者を処分しなくてはならぬとは。恨むならば、己の運の無さを恨むのだな。連れて行け」


「はっ」


 僕は暗澹たる気分になった。

 運が悪いだけで僕は罪人にされたのか、と。


「ほら、さっさと歩け! 病人め」


「ぐっ」


 そうして僕は城の地下の牢屋に放り込まれた。


「お前の処刑は明日だ。ご領主様のありがたいご配慮で、今夜は豪華な食事を取らせてやる。お前の最後の食事だ。よく味わって食べると良いぞ。フフフ」


 騎士がほくそ笑んで言い、兵がお盆を運んできたが、パンとスープとドルドル鳥の小さめの香味焼きだった。これなら女将さんの食堂の大盛りセットの方がずっと豪華だ、と僕は思ったのだが、味はなかなかのもので、スパイスがこの時代では貴重品なのだと思い至った。


 最後のご馳走を食べ終えて、寝台の上に独り横になる。 


 僕の命もあと一日か。

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