第38話 英雄
「ぐはっ!」
強い衝撃の後、世界が反転し、くるくると目が回る。どうやらムカデに跳ね飛ばされたようだ。だが、これでいい。
「マモルーッ!」
カリーナの声が聞こえた。
「来るな! こっちはいいから、全員を避難させてくれ」
「な、なにを、何言ってるのよ!」
「そうだよ! アンタも逃げないと!」
カリーナがスカイウォーカーでこちらにやってきてしまった。
「だから、来るなって言ったのに」
「聞けないね! そんな頼み事。さ、行くよ」
カリーナが僕の手を引いたが、そこにムカデが突っ込んできて、当たらなかったが、今のはかなりギリギリだった。
「ふう、今のはアタシも肝が冷えたわ。マモル、後で覚えてなさいよ」
「ごめんね。それより、ふむ、追ってくるな」
「当然でしょ。あいつは人を襲うのよ?」
「だったら、僕に考えがある」
「ええ? その辺に捨てていけなんて言ったら、ぶっ飛ばしてでも連れて行くからね」
「いいや。カリーナ、この近くに崖みたいなところはあるかい?」
「なるほど、それなら、こっちだ!」
カリーナも僕の考えが読めたようで、路地を直角に折れるとそちらに向かった。ムカデがこちらに付いてくるかどうかが心配だったが、向こうはタダの虫、一番近い獲物に釣られて僕らを追いかけてきた。
「見えたッ! あそこが崖になってる!」
カリーナが言い、道は荒れ地に続くと、そこで唐突に途切れているのがここからでも見えた。
「じゃ、カリーナ、僕をあそこに放り投げてくれ」
「冗談でしょう」
「奴を下側に落とさないと、避けられたら意味がないじゃないか」
「それは……いいえ、ダメよ。アタシに考えがあるから任せて」
「ええ?」
少し心配だったが、僕は彼女に任せることにする。カリーナは崖のギリギリまでスカイウォーカーを寄せて停止させた。すぐ下に、結構な落差の地面が見える。ここからだとスカイウォーカーでも降りられないだろう。
「どうするんだい?」
「奴がここまで来たら、一気に加速して横に逃げるわ」
「なるほど。あいつも追ってこないかな?」
「勢いが付けば、追おうとしても落ちると思う。とにかく、一回は試してみないと。ダメならその時でまた考える!」
カリーナのアイディアは上手く行きそうに思えた。
「そうだね」
オオムカデが追いついてきて、勢いよくこちらに走ってくる。図体がデカい分、小回りは利かないように見えた。
上手くいってくれ――
僕はそれだけを祈りながら、待つ。
「今だッ!」
本当に紙一重のところで、オオムカデに押しつぶされる瞬間、カリーナは一気にスカイウォーカーを加速させた。
「よしっ! 落ちる!」
「いや、まだだ」
ムカデは上半身が空中に出ていたが、下半身で踏ん張り、頭をこちらに向け始めていた。
「こっちだ化け物!」
「マ、マモル、ダメ、戻って!」
僕はスカイウォーカーから飛び降りると、崖に向かってダイブ。
あー、これは落ちたときにスゲぇ痛えぞと思ったけれど、視界にムカデの頭も入ってきたので作戦大成功だ。
奴と目が合った。
いくら奴が頑丈な昆虫だったとしても。
ここまで巨大なら、質量もハンパではない。
だとすれば――
普通の生物ならば、きっと。
気づくと、カリーナが僕の側にいた。
「カリーナ?」
「ああ、良かった! 死んだかと思ったじゃない、この馬鹿!」
スカイウォーカーの向こうに、ぐちゃぐちゃに潰れたムカデの残骸が見えたが、どうやら上手くいったようだ。
「平気だよ……」
さすがに、ちょっと体がへろへろになってしまったが。どうせこの傷は治るんだ。
「馬鹿ッ! 全然平気なんかじゃないっ! もうこんなにボロボロじゃない! そんな無茶しないでよ! もっと自分を大切にしてよ! マモル!
カリーナが僕を抱きしめながら大声で泣いた。
それはコールドスリープに入る前――子供の頃に僕が死にかけた時、妹の真希が怒ったあの時と状況がよく似ていた。しかし、今度はカリーナの気持ちがなんとなく僕にも分かった。だから、心が、揺さぶられる。ぬくもりが感じられる。
この子を悲しませちゃいけない。
そんな気持ちが僕の中に新たに芽生えた。
「英雄だッ!」
近くにいた街の一人が叫んだ。
「マモルは街を救った英雄だ! なあ、みんな、そうだろ?」
その人が崖の上にいる野次馬に向かって問いかけた。
「おお、英雄だ」
「違えねえ。あのムカデを倒しやがった!」
「英雄だッ!」
「「「おおっ! 英雄だ! 英雄だ! 英雄だ!」」」
人々が笑顔で熱狂したように腕を突き上げ唱和する。その大きな声が、熱狂が、街の外にまで、空高く響き渡る。みんなの気持ちが混じり合い、重なり、純粋に一つになっていく。
それは僕が人生で初めて味わう、この上なく鮮烈で心地よい興奮だった。
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