第8章 助ける者
第37話 神に逆らう化け物
幸いなことに、台風の被害は軽微だった。
どこかの鉢植えが倒されたり、うっかり外に置いていた帽子が無くなったとか、その程度で、怪我人や死者はいないと聞いている。
「親父、パンだ!
いつも通りにカリーナとパン屋に行くと、そこに悪人顔三兄弟がいた。バッカーの野太い声が聞こえてくる。
「バッカー、パン屋さんにあんまり無茶は言わないようにしなさいよ」
カリーナが
「うるせえ、どこが無茶だ、ちょっと急がせただけだ」
「イエス、まったく問題ありません」
「ヤー、こっちは急いでるんだ、そっちも急げや」
「まったく。偉そうに、こいつらは」
「悪いね、カリーナ。一応、先着順だから、バッカー達のを先に焼くけど」
パン屋が苦笑しながら言う。
「ええ、もちろん、それはいいわよ。こっちは急がないから気にしないで」
三人兄弟と顔は合わせたくないのか、カリーナはいったんパン屋の外に出た。僕もカリーナに続いて、外に出る。すると、向こうの路地から猛烈な勢いで走ってくる人がいた。
「お、オオムカデが出たぞッ!」
その人が言う。
「な、なんだって!」「オオムカデだと!」
オオムカデと聞いて、街の人達が血相を変えた。
ムカデ一匹で何をそんなに、と僕は訝しむ。
「と、とにかく皆に報せろ!」
「早く逃げないと!」
「マモル、行くわよ!」
気づくとカリーナがスカイウォーカーの上に乗っていた。
「え? 行くって、どこに?」
「逃げ遅れた人がいないか、探すのよ。さ、乗って!」
「ところで、オオムカデって何?」
僕はスカイウォーカーに乗り込むと、念のためにカリーナに聞いた。ひょっとしたら虫のことじゃないかもしれないし。なにしろここは僕にとって遠い未来の世界なのだ。
「ええ? そんなことも知らないの? マモル、まさか君、ムカデを見た事が無いなんて言わないでよ」
「いや、それは僕だってムカデくらい見た事はあるけど……」
母方の実家が田舎だったので、そこでカーテンの裏に張り付いているムカデを見かけて、ぞーっとした経験は一度や二度では無い。
「夏は大人しくしてたのに、台風のせいかしらね。あいつに今まで何人も食われてるから、暴れる前に急がないと」
カリーナがスカイウォーカーを飛ばす。この様子だと、ムカデが人を襲うことがあるようだ。
「カリーナ! この子をお願い!」
子連れの母親がこちらに走ってきて、子供を彼女に預けた。僕が代わりにスカイウォーカーから降りて入れ替わる。
「任せて! 悪いけど、マモル、そういうわけだから、自力で逃げてね」
「ああ、それはいいけど……うえっ!?」
僕は後ろを見てビビった。そこには家よりもずっと大きな怪物が、たくさんの気持ちの悪い足を動かしながら近づいてくるとは。家が一つ、潰されるのが見えてしまった。
「な、なんだアレ!?」
「ムカデだよ! アレに掴まったら、助からないから、気合いを入れな!」
僕の横を走り抜けながら、食堂の女将さんが言った。
「いやいやいや、大きさがおかしいですって!」
「そんなのアタイの知ったことじゃないね! とにかくマモル、さっさと逃げるよ」
「はい!」
さすがにあんなのには捕まりたくない。僕も必死に走る。
「くそっ、クエストの途中だってのに、ツイてねえ! ずらかるぞ、おめえら」
「イエスッ! さっさと逃げましょう」
「ヤーッ! とっとととんずらだぜ!」
三人兄弟もパン屋から出てくると走り出した。
街の人達も慌てて着の身着のままで路地を走っている。
と、前を行く杖を付いたお爺さんが逃げる途中で転んで倒れてしまった。
「ううっ」
「けっ、どけ、ジジイ、邪魔なんだよ!」
「イエス、ホント、邪魔でーす!」
「ヤー、他人の足を引っ張るなよな!」
「ちょいと、アンタ達、ろくでもないね。人が倒れたなら、さっさと助けないか」
先を行っていた女将さんが振り向いて三人を叱った。
「うるせえ、こちとら生きる死ぬかって時に赤の他人なんか構ってられるかってんだ!」
「イエス! 自分の身が一番です」
「ヤー! オレっちは他人なんかは当てにしねえ。一人で生きられない奴はさっさとくたばっちまえ!」
ま、後ろにあんなのが迫っていては、そう言いたくなるのも分かるんだが。くたばれなんてのは、ちょっと酷いな。
「さ、お爺さん、立てますか」
僕はお爺さんを助け起こそうとした。
「うう、ワシは構わん。先に行け」
「はん、人間一人で生きてるなんて思い違いも良いところだね。あんなのは、赤ん坊の
女将さんがお爺さんを背負ったが、もうすでに化け物がそこまで迫っていた。今から走っても、間に合いそうに無い。
――これは仕方ないな。
「女将さん、先に行ってください」
「マモル!? 何を言ってるんだい。ダメだよ、さっさと逃げないと!」
「いいから、行って下さい。僕は大丈夫なんで」
僕はそこで振り返り、路地の真ん中で目立つように一人で立った。
化け物に目があるのかどうかは分からないが、僕が囮になれば、街の人々も逃げ切れるだろう。
オオムカデは僕に気づいたようで真っ直ぐ突っ込んできた。
恐怖で身がすくむが、僕は逃げない。
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