第34話 大会

 会場の広場では、特設の竈が用意されており、そこに鍋やフライパンを載せて、すでに料理が作られ始めていた。カリーナの姿も見える。


「さあ、まずはひと品目、オードブルで小手調べだ! 早くできた人から、配って試食を開始してもらいます!」


 司会なのか、派手な白いタキシードを着た人が大きな声で説明している。その場に集まった見物客がぐるりと周りを囲んでおり、審査員席のようなものはないので、この見物客が投票するなりして料理大会の勝者を決めるのだろう。


「おい、早く寄越せ」


「オレは肉が良いぞ!」


 見物客は思い思いの事を勝手に言い、これはこれで審査員としてはなかなか手強そうだ。


「できたよっ!」


「「「 おおっ 」」」 


「さあ、一番乗りは昨年惜しくも女王テオドラに負けて準優勝、『何でも屋』カリーナだ! さすが手も口も早い女!」


「ちょっと、アタシがいつも喧嘩しているみたいに言わないでよ」


 見物客からどっと笑いが巻き起こったが、なんだか楽しそうな掛け合いだ。


「そりゃ悪かった。ところで、カリーナの前菜のメニュー、トマトとチーズかな?」


「ええ、オードブルはトマトとチーズのスライスをサニーレタスで包み込んで、オリーブオイルのドレッシングで食べてもらうわ。胡椒もちょっと利いてるから、美味しいわよ?」


「さあ、トマトとチーズのサラダ、判定はどうだ!?」


 係員の女の人が箸と小皿を渡してくれ、僕もカリーナの前菜にありつけることができた。

 まずは一口。


「へえ」


 サニーレタスに包み込まれたトマトとチーズのシンプルなスライスが、掛けられたオリーブオイルによってどっしりと食べ応えのある料理となっていた。 


「ふふん、空腹に最初に食べさせれば、余裕だっての」


 そうやってニヤリと笑ったカリーナは、かなり戦略的に料理を考えていたようである。確かに、腹一杯になってから食べるより、空腹の時に食べる方が何でも美味しく感じるからな。


「こりゃうめえ」


「いいぞ、カリーナ!」


「うん、美味しいわ」


 審査員達も笑顔になり、これは高評価の感触だ。


「二番手はアタイだね。照り焼きドルドルのサラダだ。さあ、たっぷり食べとくれ!」


「さあ、次に名乗りを上げたのは食堂の女将だ! ボリュームに掛けてはこのおかっさんの右に出る奴はいない! これは早くも満腹の予感がしてきたぞ! 遅れている参加者は早くしないとまずそうだぁ! 誰も手を付けなかった料理は評価無し、その時点で勝ち抜けない! これはメインディッシュに早くも偏りが出るか!?」


 司会が言ったが、なるほど、みんな自分の食いたい料理だけを食べようとして、食堂の女将さんやカリーナの周りに人が集まっていた。


「さあ、どうぞ、召し上がれ。ふふっ」


「おーっと、ここでついに昨年の覇者、女王テオドラのオードブルが登場だ! 焦るライバル達を後目にこの余裕の笑み!」


「ええ?」


 そこで酢漬けの魚を小皿に分けて配っていたのは紛れもなくクリスティーだった。


「テオドラ=クリスティー! 今年こそは君に負けないんだから!」


「ふふっ、カリーナさん、お手柔らかに」


 カリーナが彼女を指さして宣戦布告したのでようやく僕は理解したが、クリスティーが名字だったらしい。ああ、なんてことだ、カリーナの宿命のライバルを僕は応援していたなんて。


 だが、だからといって、カリーナをえこひいきするわけにもいかないな。彼女の性格として、そんな曲がったやり方など好むはずも無い。できれば正々堂々とぶつかって勝って欲しいが、テオドラも勝って欲しいなと思ってしまう優柔不断な僕がそこにいた。


「さあ、去年の因縁の対決がここに再現なるか! カリーナ、チャンピオンに対して堂々たる勝利宣言! しかし、微笑みの女王、余裕の態度を崩さない!」


「いいぞー、カリーナ!」


「テオドラー、頑張ってー!」


 審査員からも熱い声援が飛ぶ。


「さあ、行くよっ! メインディッシュは肉! 肉だあッ! 肉で攻めるッ!」


 カリーナがフライパンに手づかみでステーキ肉をぶち込み、高く上がるやたらと凄い火力の炎で焼き始める。試食を待ちわびる審査員達から口笛が起こり、場の熱気も高まってきた。


「ふん、アタイを忘れてもらっちゃあ、困るねえ。フライパンはこうして振るんだよッ!」


「あーっと、卵焼きが空高く宙を舞ったぁ! 出ました女将の得意技、フライングエッグ!」


「「「 おおっ! 」」」


 どよめきが巻き起こるが、アレを落とさないですくい上げるとは、大した腕だ。


 テオドラはどうなったかと僕が気にしてそちらを見ると、彼女は大鍋に蓋をしたまま手を後ろにして何もしていない。カリーナと女将さんのパフォーマンスに比べても地味だ。

 

 この勝負、どうやら試食してもらわないとそこで即脱落となるようで、肩をすくめて、メインディッシュの料理に取りかかるのを諦める参加者も何人も出始めた。

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