第33話 どうぞ食べちゃってください

「なるほど、生クリーム添えですか……」


 感心したが彼女もデザートという区分は充分に意識していたらしい。クッキーの上には生クリームがホイップされ、さらにその上には葡萄の粒が皮を剥かれた状態で載せられていた。もうこれは見るからに美味しそうだ。


「どうぞ、そのまま手に取って食べちゃってください」


 クリスティーが言うので言われたとおりにクッキーを皿代わりに手に取り、半分ほどかじってみる。


「んん!」


 予想していなかったが生クリームにも葡萄の味が練り込んであり、これは二度美味しいというパターンだろう。秋の季節を感じさせるほのかな酸味が甘い生クリームで包み込まれ、サクッとしたクッキーのしっかりした食感。口でとろけるクリームの儚げな柔らかさも良いコントラストになっている。


「どうですか?」


「いや、滅茶苦茶美味しいですよ!」


 もっと適切な論評もあるのだろうが、それ以外に言い様がなかった。


「良かった。じゃあ、次はオードブルを持ってきますね。順番が違って申し訳ないですけど……」


「いえいえ、どの順番でもどんとこいですよ」


「ふふっ、そう言ってもらえるとありがたいです」


 二品目は、ビネガーを利かせた魚のカルパッチョだった。輸送手段が限られるこの時代においては、自然と生魚は酢漬けになるようだ。サニーレタスをふんだんに盛り付けたカルパッチョは、まぶしたチーズが素晴らしいマリアージュとなって素材の味に劇的な化学反応を起こしていた。


「これも旨い!」


 僕は箸で口の中に掻き込むようにしてあっという間に平らげてしまった。


「どうですか、私の料理、合格ですか?」


「もちろん、大合格、今すぐ人気店のパティシエになれますよ!」


「まぁ。うふふっ」


 もっと食べたかったが残念ながらメインディッシュは煮込みに時間がかかるからということで、今日は味わうことができなかった。


「でも、お祭りの日に会場に来て頂ければ、誰でも食べられますよ。量は小皿一皿ですけど」


 小皿一皿であろうと、クリスティーさんの料理が食べられるとなれば、行かねばなるまい。

 美少女に家に招かれ、料理まで振る舞ってもらったあげく、依頼料まで支払われてしまい、なんだか彼女を騙していないのに騙してしまったような、そんな奇妙な後ろめたさを僕は感じつつ、僕はカリーナの家へと戻った。


「ただいまっ! うわ、どうしたんだ、カリーナ」


 口の周りを炭で真っ黒にしたカリーナに、僕は驚く。


「ああ、ぺっぺっ、マモル、お帰り。どうしたもこうしたも、新しい味を試そうとしてちょっと焦がしてみたんだけど、失敗だったわね……」


「いや、当たり前だろ。普通に作れば良いのに」


「それじゃアイツに勝てないのよ」


「うーん……」


 カリーナも色々と焦っているのだろう。だが、料理が上手いわけでもない僕にはカリーナに何のアドバイスもしてやれそうになかった。


「あー、なんかお腹痛くなってきた。マモル、次は君が食べてね」


「ええ? 普通の料理なら喜んで食べるけど、僕は錬金術には興味ないよ」


「どーゆー意味よ、それは」


「そーゆー意味だよ。変な実験は食べたくない」


「まったくもう。ああそれと、各家からお祭りの準備の手伝いに一人は出ないといけないから、マモル、悪いけど、アタシの代わりに行ってくれる?」


「ああ、それなら引き受けるよ」


「ムカつく」


 ムカつかれても。

 その日の夕食は、蜂蜜で味を付けた甘い焼き肉が出てきて僕は閉口した。

 どちらも単品で食べれば何の変哲も無いはずの食べ物なのに、恐ろしいまでの呪術的反応を見せ、言葉ではとても言い表せないような不快な味と気持ち悪い食感が不協和音を奏でるというか、何か危険な物を増幅させて呼び出してしまっており、危うく僕はリバースしそうになった。


「おえ。これ、まずいものコンテストならぶっちぎりで優勝を狙えるよ、カリーナ」


「うるさいわねぇ。とにかく、食べ物は粗末にできないから、ちゃんと食べるわよ」


「エー……」


 僕も食べ物は粗末にしたくないのだが、なんとも困ったことになってしまった。



 

 翌日、僕はカリーナに言われたとおりに祭りの準備を手伝うため、麦畑に向かった。ちょっとまだお腹が痛い。


「おう、マモル、良いところに来た」


 農夫のおじさんが僕を呼び止める。


「なんでしょうか」


「祭りの飾りの手伝いをしてくれ」


「分かりました。そのつもりで来たので」


「じゃあ、この麦藁をこうやってって縄にしてくれ」


 見よう見まねで麦藁の束を両手で挟み込み、こするようにして不格好な縄を作る。


「難しいな。こういうのしかできないですけど」


「構わないさ。わしらが作る草鞋わらじはでっかいからな。切れなきゃ充分だ」


「はあ」


 見ると農夫達がたくさんの縄をさらに縒り合わせ、巨大な縄の塊を作っていたがこれが草鞋になるらしい。


「この草鞋はどういう意味合いがあるんですか?」


「さあ? 毎年、この時期になると作って燃やすんだ。それだけだよ」


「へえ」


 おそらくこの祭りが始まった頃はなんらかの由来が、五穀豊穣や交通祈願などの意味合いがあったのだろうが……人々がその由来を忘れ、その形だけが残ったようだ。それでも楽しそうに笑い合って作っている農夫達の顔は明るく、僕も何だか作っていて楽しい。

 人はきっと、いつもと違うことをすると気分が乗ってくるのだろう。


「よし、もういいだろう。広場へ運ぶぞ」


 土台として下に置いてあった神輿の棒を男衆が集まって担ぎ上げ、わっしょいわっしょいと聞き覚えのあるかけ声がかかる。どこからか三味線と太鼓の音が鳴り響き始め、和風のリズムに乗って神輿の上の大草鞋も激しく踊り始める。周囲の見物人からもかけ声が湧き起こり、広場を数回ぐるぐると回ってようやく神輿が降ろされた。


「よし、もういいぞ。ご苦労さん」


 肩が痛くなったが、僕が祭りにこうして参加したのは人生で初めてだったので、楽しい達成感のようなものがあった。


「おーい、料理大会が始まるぞ」


 今度は別の会場で催しが行われるようで、カリーナもきっとこれに出場するはずだ。僕は祭りの手伝いの報告と、激励も兼ねてそちらに向かうことにした。

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