第7章 収穫祭

第30話 謎めいた少女

「信じらんないっ!」


 今日は五回目のお怒りだ。


「カリーナ、もう忘れた方が良いよ」


 僕は、破れたズボンにちくちくと針を通しながら言う。


「忘れられるわけがないでしょ。あれはアタシが手に入れた宝石と金貨だったのよ?」


「まあ、それはそうなんだけどね……」


 ダンジョンで手に入れたお宝は冒険者の取り合いになってしまったが、それでもカリーナはかなりの金貨と宝石を自分の袋に詰めて持って帰っていた。


 ところが、オルトール子爵がダンジョンの所有権を主張。

 配下の騎士エルザが先んじてあのダンジョンを発見していたというのがその理由だ。よって手に入れた金貨財宝はすべて没収。兵士がこの家にやってきて、金貨の入った袋を全部持って行ってしまった。


 そりゃ怒るわな。

 僕だって、それはいくら何でも酷いんじゃないの?とは思うのだが、そこは権力者が我が春を謳歌する貴族制社会、フランス革命の熱い夏はまだやってこないようだ。


「よし、できた」


 グレイラットに噛まれて穴が開いたズボンを縫い合わせ、出来映えを確認した僕は満足する。


「いまいちね。だからアタシがやってあげるって言ったのに。当て布でやらないと、綺麗にならないわよ」


「いいよ、これくらい。じゃ、ギルドに行こう」


「そうね、思い出す度にイライラするから、何か仕事してた方がいいわ」


 僕とカリーナは冒険者ギルドに向かい、依頼票クエストを確認する。


「木の実にハーブに、胡椒にお酢、それにチーズにバターか。なんだか食材の依頼が増えてるね」


 そんな依頼が目立っていたので僕は言う。


「なんでかしら? ま、いいわ。木の実ならアタシ達がすぐ調達できるから、それにしましょ」


「了解」


 カウンターで手続きしてギルドを出たところで、食堂の女将さんと出くわした。


「おや、カリーナとマモルじゃないか」


「ああ、女将さん、何か依頼?」


「砂糖と塩と蜂蜜が欲しくてね。生憎と道具屋で売り切れてるんだよ」


「へえ」


「そっちはもうメニューを決めたのかい、カリーナ」


「メニュー?」


「あきれたね、去年準優勝した人間がこれだもの。来週は収穫祭だよ」


「ああっ! そうだった! 色々あってすっかり忘れてたぁ!」


 頭を抱えるカリーナは何か大事な予定が有ったようだ。


「こうしちゃいられない、とにかく何作るにしても小麦粉と卵に砂糖と塩くらいは絶対に確保しないと! マモル、悪いけど、木の実は君一人で集めてくれる? あと、アタシの分も要るから、多めにね」


「了解。何か料理を作るの?」


「そうよ。今年こそはテオドラに勝ぁーつ!」


 気合いを入れたカリーナは目が燃えていた。テオドラが彼女の宿敵と書いてライバルなのだろう。カリーナがスカイウォーカーでぶっ飛ばすのを見送り、僕は木の実を採るため森に歩いて向かった。 


 落ち葉によって鮮やかに一面朱色に染められた道。そして空のキャンバスに山吹色の葉を散らすように枝を伸ばした木々。それらは秋の訪れをしっかりと伝えていた。そういえばこのところ、朝方や夜になると少し冷えると思った。


 ざあという木のざわめきと共にはらはらと紅葉と銀杏の葉が舞い落ちてくる。それは一つの生命の終わりであると共に、新たな生命のための実りを示唆しているようでもあり――。


 少しの間、秋の化粧を終えた森の美しさに魅了されていた僕は、ここに来た目的を思い出し、地面に落ちている木の実を集め始める。


 カリーナが料理大会か何かで勝負するための木の実だから、状態の良い、味の良さそうな物がいいだろう。そう思って、なるべく移動しながら良さそうな物だけを集めていると、声をかけられた。


「あの、もし」


「はい」


 足音はしなかったので、僕はその少女がすぐ近くまで来ていたことに少し驚いたが、その透き通った声は不思議と僕の警戒心を解いてくれていた。


 僕と同い年くらいだろうか。姿勢の良い彼女はシンプルな柄物のリボンで胡桃色の長髪を結っている。彼女は優しげに微笑みながら持っている網カゴを僕に差し出してきた。


「木の実を集められているのでしたら、これを半分、お分けしますよ」


「ええ? いえ、自分で集めますから、大丈夫です」


 僕は彼女の申し出を断った。彼女も木の実を集めにここに来たのだろうし、すでに結構な量がカゴに溜まっている。その労力と時間を考えると、タダでもらうにはいささか高価すぎた。だが、彼女が微笑む。


「遠慮なさらないでください。私ったら、ついつい木の実集めに夢中になって、必要以上に集めてしまったんです。見たところ、冒険者の方ですよね?」


「ええ、まあ」


「なら、クエストを完遂させないと。私の分はありますから」


「そういうことなら、ありがたく頂きます」


 それでもやはりもらうのは気が引けたのだが、彼女の微笑みの前にはどうやら僕の意思が介在できない様子で断ることができなかった。


「それじゃ、また、ふふっ」


 彼女は何が楽しいのか、少しはしゃいだように僕に手を振ると立ち去っていった。

 ハッと気づくと、僕はしばらくぼーっとしたままで時間を失っていたらしい。静かな森に独り立っていた。

 彼女の名を聞いておけば良かったかなと思いつつも、そんな度胸も勇気もありはしないと分かっている。僕は軽くため息をついて街へ戻った。

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