第28話 ミイラ

「だ、大丈夫よ」


「手を放すなよ。今、引き上げてやる」


 女騎士と僕もカリーナを引っ張り、事なきを得た。


「ふう、助かったわ。ありがとう、騎士様」


「なに、領民を守るのは騎士の務め、礼には及ばん」


「へえ。アタシはカリーナ。あなたは?」


「我が名はエルザ=アルベール、オルトール騎士団の騎士だ」


 銀髪の女騎士がカリーナの握手に応じて答えた。


「提案なんだけど、エルザ様、アタシ達と一緒にここを探索しない?」


 カリーナが言うと、騎士エルザはうなずいた。


「良い案だ。今のような罠があるならば、一人では危険だからな。それと、私は領主様ではないから呼び捨てで構わないぞ」


「そ。じゃあ、エルザね。そっちはマモル」


「よろしくな」「どうも」


 晴れてパーティーを結成したので、このダンジョンでの進み方を三人で話し合うことにした。


「おそらく他にも先ほどのような落とし穴があるだろう。腰にロープを巻きつけた一人目が前を歩き、後ろの者も腰にロープを巻き付けそれをつなげておけば、串刺しは免れるかもしれん」


 エルザが罠対策のアイディアを述べる。


「それが良いわね。じゃあ、アタシが――」


「いや、その役目は僕が引き受けるよ」


 僕ならば、万が一刺さっても、たぶん死ぬことは無い。痛いけど。


「ほう、頼りない男に見えたが、自ら危険を買って出るとはマモルは見上げた男だな」


「んー、ま、そういうことにしておきましょうか」


 カリーナが僕の体質を思い出して苦笑する。

 さっそくロープで僕とカリーナの腰を結びつけ、僕が先頭を歩く。


「なんだか、これ、カナリアか犬の気分だね」


 歩いていてそう思ったので僕は冗談半分にぼやく。


「カナリア? 犬は分かるけど、何でカナリアなの?」


「カナリアは毒の発見にも使ったりするな」


 エルザがカナリアの正しい?使い方を知っていた。


「マモルは大切なアタシの仲間よ。交代しようか?」


「いや、いいよ。階段だ」


 通路の先に下に通じる階段が見えてきた。


「じゃ、降りましょう」


 カリーナが躊躇せずに言う。まだこの階は全部回っておらず、お宝がどこかに眠っているかもしれないが……まあ、先に降りて探してもいいだろう。

 地下二階も上の階と同じような迷路になっており、石ブロックで組まれた通路が続き、ここは良くできたテーマパークかと思ってしまう。ただ、さきほど危険な落とし穴が存在していたから、そんなのんきな気分は捨てて、気を引き締めた方がいいか。


「ああ、ここに怪しい仕掛けがあるよ」


 僕は石床にポコッと突き出た石のボタンを見つけた。左右の壁には五センチほどの丸い穴がいくつも水平に並んでおり、これを踏んづけたら壁から矢でも飛んできそうな感じだ。


「踏んじゃダメよ」


 カリーナが真剣な顔で言い、僕も元よりそのつもりだ。仕掛けを回避してさらに迷路を先に進んでいくと、今度は少し幅が広くなった通路の左右に、甲冑を着込んだ騎士がずらりと整列しているのが見えた。彼らはタダの飾り物なのか、仁王立ちで剣を地面に突き立てた格好のままで静止している。


「……どうしようか?」


 僕は立ち止まって、皆の意見を聞いた。


「うーん、動き出したりしたら嫌ねえ。迂回しましょうか」


「いや、これだけの警備だ。となれば、この先にお宝が置かれていると考えた方が良い」


 カリーナの慎重意見に対して、エルザが強行突破を主張した。


「じゃあ、回り道が無いか、確認した後でここにまた来ようか」


 僕は二人の間を取って妥協案を提示する。


「そうね」「いいだろう――下がれ! マモルッ!」


「え?」


 エルザが剣を抜きこちらに向かって突進してきたので、僕は少しびっくりしてしまい、反応が遅れてしまった。僕の頭に向かって振り下ろされていた長剣をエルザが剣で弾き返す。まさに間一髪だった。


「やっぱり動いてきたわね! エルザ、援護するわ」


「無理をするな。お前の短剣などではこの鎧は貫けぬ」


「それでも陽動くらいはできるッ!」


 カンッ! と右側にいた甲冑騎士に対してカリーナが振り下ろしたナイフが勢いよくぶつかり、小気味よい音をさせたが、甲冑騎士の方はびくともしない。衝撃で手がしびれたか、カリーナが顔をしかめつつ、一歩下がる。そこへ、長剣を真上に振りかぶった甲冑騎士がゆらりと詰め寄ってきた。まずい――。


「その程度の腕で、オルトールの騎士の前に立ちはだかるかッ!」


 いったん後ろに下がって間合いを取っていたエルザは、充分に引き絞った弓から矢でも放つような動きで真っ直ぐ正面に剣を突き出した。彼女の剣は甲冑騎士の喉笛辺りを見事に命中し貫いた。勢いでそのまま後ろに吹っ飛ぶ甲冑騎士。さらに、敵はこちらに寄って来ようとしていた甲冑騎士にぶつかり、二人とも転げるように倒れる。ストライク!


「ヒュウ、やるわね。おっと」


 カリーナに向かって振り下ろされた敵の剣を、彼女が素早く躱す。


「おかしい! なんだこいつらは。手応えがまるでないぞ」


 優勢に剣を振るいつつもエルザは相手の不気味さを感じ取ったようで、苛立った表情を見せた。


「楽に勝てるならいいじゃない。よっと! お、やったぁ!」


 カリーナが蹴りを繰り出し、右側の甲冑騎士を倒した。甲冑騎士は動きが鈍く、すぐには起き上がってこない。

 僕も何か加勢したいのだが、通路の幅は二人が横に並ぶと入る隙間が無く、おまけに武器は何も持っていない。仕方なくハラハラしながら観戦するしか無かった。エルザは次々と甲冑騎士を倒し、相手はついに全員動かなくなった。


「片付いたわね」


「ああ……だが、むっ」


 エルザが倒れている甲冑騎士の兜を剣でこじ開けたが、中からは完全にミイラ化した男の顔が出てきた。窪んだ目は輝きも無く、乾いて暗褐色に固まった肌には生気など微塵も感じられない。

 吐き気を催した僕は見てしまった事を後悔しつつ、顔を背けた。カリーナも気持ちが悪かったようで、嫌そうな声を出す。


「うえ、なんなの、こいつら」


「分からん。人間のような気もするが……やはり魔物か」


「は、早く先に行こう」


 一刻もこの場から離れたかったので僕は皆を急かす。


「そうね」


「うむ……」


 通路を先へと進むと、そこは大きな広間になっており、周囲にはいくつもの朽ちた宝箱が置かれていた。周囲の壁には文字の刻印と共に彫刻がびっしりと施されており、篝火かがりびの台座はここが何か宗教的な儀式に使われていた様子をうかがわせる。


「やった! お宝の山よ!」


 カリーナが歓喜の声を上げたが、僕には微妙にハズレに見えた。まだ宝箱の中身を見ないと何とも言えないが。


「良かったな。しかし、中央のアレは何だ? 棺のように見えるが」


 エルザが気にしたが、祭壇のように一段高くなった場所に、長方形の石棺らしき物が安置されている。


「ダメダメダメ、アレに近づいたら王の眠りを妨げる者は誰ぞって周りからミイラがわらわらと出てくるから」


 僕は次の展開がありありと予想できて警告する。


「王って、うーん、確かに言われてみれば、そんな感じね」


「馬鹿な、この近辺に王族など……ルブラン王朝より前の王なのか? まさか旧世界の王家か!」


 エルザがそんなことを言うが、旧世界の日本にはこんな形式で祀られる王などいなかったはずだ。


「たぶん、違うね」


「なぜ分かる」


「マモルはコールドスリープ患者、旧世界の人間なのよ」


「なにっ、お前が……? それにしてはピンピンしているな」


「おかげさまで。ちょっと先に周りの壁を調べてみようよ」


「アタシは宝箱を調べるわ」


「フン、まあいい、では壁から調べよう」


 壁の文字は残念ながら僕には理解不能なアルファベットで書かれており、英語とも違うようだ。

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