第27話 罠

「問題ないわ、マモル。相手は人間よ」


「その通りだ」


 声と共に姿を現した女性は、精緻な装飾が施された鉄の鎧で武装していた。

 武装はしていても、冒険者ギルドにいた男達とも様子が違う。さしずめ銀髪碧眼の女騎士と言ったところか。歳はまだ若く、僕らとそう変わらないように見えた。

 彼女は僕とカリーナの姿を鋭い目つきで見ると、咎めるように眉をひそめた。


「とうとう冒険者共がここを嗅ぎつけたか。先んじたと思っていたが、致し方ない。目障りだ、とっとと失せろ」


「ああら、騎士様、ここはあなたの領地でも無いでしょうに」


「口を慎めよ、女。この近辺はオルトール子爵家の領地。我が領地ではないが、我が主の所領である」


 それを聞いてカリーナが反論する。


「ちょっと待ってよ。ダンジョンは誰が入ってもおとがめ無し、それがルールだったはずだけど?」


「フン、それはそうだが……もういい、行け」


 鬱陶うっとうしいとばかりに女騎士が手で合図する。


「行こう、カリーナ。失礼します」


 僕はまだ何か言いかけたカリーナの肩を押し、騎士の横を通り抜ける。相手は武器を持っているし、とにかく怒らせないに越したことは無い。話を聞いていると、この時代はどうやら貴族制になっているようだし。


「あいつら、年貢と税を取るばかりで、ろくに働きもしないんだから」


「まあまあ」


 税金泥棒は歓迎できないが、ここで面と向かって文句を言ってもらっても困る。

 しばらく迷路を進んでいると、またさっきの女騎士に出くわした。カリーナも女騎士もばつが悪そうな顔をすると、互いに無言のまま別の通路へ向かう。


「ええい、ここも行き止まりか! いったいどこに向かえば……」


 またまた女騎士と鉢合わせした。


「ひょっとして迷ったんですか?」


 そんな風に見えたので僕は聞いてみる。


「……貴様、私が迷子にでも見えるというか」


 いきなり剣を抜かれ、喉元に突きつけられてしまった。


「いえ……」


「ちょっと! 聞いたくらいで剣を向けないで。出口なら向こうよ」


「私は外に出たいわけでは無いぞ。勝手に決めつけるな」


「あっそう。なら、お好きにどうぞ」


 通り過ぎたが、女騎士が僕らの後を付けてくる。カリーナはチラリと後ろを見て軽くため息をついたが、喧嘩はしないようでそのまま黙って先に進む。


「あっ、グレイラットよ!」


「私に任せろ!」


 女騎士が飛び出すと、剣でネズミをひと突きにした。ネズミはその一撃で絶命し、動かなくなった。


「よし。お前達、怪我はないな?」


「無いけど、別に助けてくれなくたって、平気だったわよ」

「そうか。だが、魔物は捨て置けぬ。討伐部位はくれてやるから、好きにするが良い」


「いらない。今は余計な荷物は持ちたくないし」


「やはり宝狙いか」


「当然でしょ」


「ちなみに……騎士様は、何が目的でここに?」


 宝狙いだと言われたら困るなあと思いつつも、僕は女騎士の目的を聞いた。


「調査だ。領内に新たなダンジョンが出現したとなれば、どのようなものか、どのくらいの規模か、我が主も気にしておいでだからな」


「なら、お宝は別にアタシ達がもらっても問題ないってことね」


「いや、それは……銀貨やつまらぬ武具程度なら、好きにすると良い。早い者勝ちがしきたりだ」


「何言ってるの、銀貨だけじゃ無くて全部、早い者勝ちでしょ」


「そうだったな。ふう、だから騎士団を動かしてさっさと調査すべきと申し上げたのだ……」


 女騎士が小声で不満そうに独りごちたが、彼女が提案した調査隊は上司にでも却下されたのだろう。カリーナと女騎士が我先にと先頭を争い、次第に歩みが足早になっていく。


「ちょっ、二人とも、待ってくれ」


「急ぐわよ、マモル。コイツより先にお宝をゲットしないと」


「冒険者風情が減らず口を。オルトール騎士団の正騎士が負けるはずも無い」


「アンタは向こうへ行きなさいよ」


「貴様こそ、あっちへ行け」


 仲良くしてくれないかなあ。僕があまり急ぎすぎるのは良くないと言おうとしたとき、カリーナの体がいきなり下に落ちた。


「あっ!」


「くっ!」


 とっさに女騎士が手を伸ばしてカリーナの手を掴む。

 そこは落とし穴になっており、床の石が観音開きで左右に開く仕組みとなっていた。真下には鋭い槍が幾本も待ち構えていて、骸骨と化した冒険者が数人犠牲となり、無残に体を貫かれている。ここに落ちればタダでは済まないのは明白だった。


「カリーナ!」

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