第25話 解決策
翌朝、僕らがパン屋へ届ける牛乳を取りに牧場に行くと、例の三人組がここにいた。
「ああっ、バッカー!」
「へっへっへ、一足遅かったな、カリーナ。パン屋へ持って行く牛の乳は、オレ達が全部頂いたぜ。半値でな」
悪人顔でニヤニヤと笑うバッカー。今日はいつにも増して人相が悪い。目の下に隈ができている。
「そう。じゃあ、好きにしなさいよ。それにしたって、早起きなんて滅多にしないアンタ達がよくこんな時間に起きられたわね」
「ふん、余計な心配だ。泊まり込みで徹夜したから余裕だぜ」
「イエス、起きられないなら、最初から寝なければ良い! 凡人には思いつきもしない発想の転換です!」
「ヤー、眠いぜ!」
「あっそ。じゃあ、アタシ達はパンの配達にしましょ」
「そうだね……」
牛乳を押さえられると僕としては心配になるが、半値の半値で仕事を奪い返すのも厳しいだろう。カリーナは元々良心価格で仕事を引き受けていて、生活にそれほど余裕があるわけではない。
「心配しなくても、牛乳は夕方にでも買い付ければ良いわ。あいつらだってここで一日中見張ってるなんてできないでしょうし」
「うん」
その日はパンの配達をやり、夕方に牧場に寄ってみたが、カリーナの言った通り、バッカー達はもういなかった。
「ジルお爺さん、あの三馬鹿は?」
「眠いから一度家に帰って寝ると言っておったわい。すまんの、カリーナ。半値で引き受けさせろと連中もしつこくてな」
「いいわよ、別に。どうせ長く続きゃしないんだから」
「そうじゃのう」
翌朝、牧場に顔を出したが、バッカー達がいたので、僕らはまたパン屋での配達に切り替える。
さらに翌々日。
「アンタ達も粘るわね」
「フン、残念だったな、くぁ……カリーナ。オレ様達を甘く見た罰だ。二度とここの仕事は、ふぅ……引き受けられないと思え。土下座して謝るなら許してやっても……あふ、いいんだぞ?」
バッカーがあくびをかみ殺しつつ言うが、結構キてるな。目の隈が紫になってる。顔色もなんだか青白い。
「しないわよ、そんなこと。何日持つかしらねー」
「フン、余裕ぶっこいていられるのも今のうちだ、ふぅ……」
「バッカーさん、ここであなたたちが牛乳配達の仕事を独占しても、僕らは他の仕事もできるので、あまり意味が無いですよ?」
僕は事実を説明してやった。
「うるせえ! こうして毎日ここに来てるのが、くぁ……お前らの焦りの証拠だ」
「イエス、兄貴、そうですとも……ふぅ。他の仕事で良いなら……おぅふ、ここに来る必要さえありませーん」
「ヤー、ぐぅ……」
大丈夫かな。ここに僕らが毎日来るのは、僕の牛乳摂取のためでもあるから、バッカー達の読みもまるきり外れているわけではないのだが。
「ま、いいわ。また来るわね、ジルお爺さん」
「ああ」
牧場を出て、パン屋に向かう。
「ホント、馬鹿ね。あの様子じゃ明日はたぶん、潰れて寝てるわ」
「そうだねえ。ただ、健康に悪そうだし、そろそろやめさせた方がいいかな」
「アタシは謝らないわよ? 悪いことは何もしてないんだし」
「うん」
カリーナが謝らずにバッカー達の徹夜を止めさせる方法……か。
僕はパン屋の配達を終えた後、一日ゆっくり考え、良いことを思いついたので、それをカリーナと相談した。
翌日――カリーナの予想通り、バッカー達三人組は牛舎で眠りこけていた。
起こすのも可哀想なのでそのまま寝かせてやり、ジルお爺さんに作戦を授けておく。
さらに翌日、牧場に行くとバッカー達はそこにいなかった。
「マモルの作戦が上手くいったみたいね」
「うん」
「やれやれ、助かったよ。あいつらが牛舎にいると牛がどうも落ち着かなくてのう。バッカー達もイライラして怒鳴り散らすし、八つ当たりで何をするか心配じゃったわい。パン屋への配達も遅れ気味で向こうに迷惑がかかっていたから、よくやってくれた、マモル」
「いえ、大したことじゃないんで」
彼らも徹夜続きはごめんだったろうから、きっかけが欲しかっただけだろう。
昼間、そのバッカー達と出くわした。
「へっへっへっ、カリーナ、残念だったな。お前らの秘密はバッチリ掴んだぜ! パン屋の仕事を奪われるのが一番怖いんだってな!」
「イエス! 情報収集こそ勝利の近道! 悪は敗れたり! 正義はいつも勝つのですよ!」
「ヤー! 昼の仕事なら楽だぜー!」
三人組が満面の笑みで言う。今日はしっかり寝たおかげか、顔色も良い。
「あー、ホントねー。マジやばいわー。マモル、どうしましょー」
あきれ気味の棒読みだが、カリーナも僕の作戦には最後まで付き合ってくれるようだ。名付けて、まんじゅう怖い作戦。
「そうだねえ。まあ、ここもそう長くは続かないと思うよ」
「ハッ! オレ様達の根性を甘く見るなよ、小僧」
「イエス小僧!」「ヤー小僧!」
確かに、割と働き者だよな。
働き者同士が値下げ合戦で仕事を奪い合っても最後は共倒れだ。
そうならなくても片方は潰れてしまう。誰もが持続できる経済とは、ほどほどに棲み分けてほどほどに働くのが良いと思う。それで誰も路頭に迷わず、生き続けることができるはず。
みんながパンを買える生活、それがずっと続けば良い――と僕は思った。
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