第21話 魅惑の小屋

「んん? おお、なんだイブセンじゃないか。久しぶりだな、元気にしてたか」


 ニヤニヤと笑うモリーだが、イブセンの方は顔をしかめると素っ気なく答えた。


「まあね……」


「知り合いかの?」


「ええ、昔、私が一緒にパーティーを組んでいた冒険者仲間です。解散してからはほとんど会っていませんが」


「こいつ、オレがマリーと結婚したら、すっかり顔を見せなくなりやがって。マリーが心配してたぞ」


「そ、それは全然関係ない! 仕事が忙しかったんだ!」


 イブセンさんの態度が丸わかりだが、ここは気づかないフリをするのが優しさだな。


「まあ、そういうことにしておいてやるよ。それで? 司祭様ご一行はどこへ行くつもりなんだ? もしかして昨日、この辺りで目撃されたっていう幽霊女を捜してるのか?」


「おお、そうじゃ、おぬしも、それ目当てか」


「まあな。オレ達も昔、何年か前に見たよな、イブセン。お前ときたら、悲鳴を上げて腰まで抜かしていたが」


 モリーがおかしそうに言う。


「そんなことはどうだって良いだろう。あれはただ驚いただけだ」


「フフ。まあ、オレもあの後、何度か捜してはみたんだが、結局あの女は見つからなかった。久しぶりにその話を聞いて、もう一度と思ったのさ」


「うむ、なら、モリーよ、ワシらに付き合うと良い。手分けして捜せば、見つかるかもしれぬ」


「良い案だ。人手は多い方が良い。その話、乗ったぜ」


「ええ……むむ」


 イブセンは気が進まないようだったが、老司祭の提案とあっては異議を申し立てられないようだ。


「マモル、報酬については内緒よ」


「ああ、分かってるよ」


 モリーがその話を聞きつければ、半分金を寄越せと言いそうだし。


「確か、オレが見たのはこの辺りだと思ったが、イブセン、お前はどうだ?」


「ううん……もうちょっと先だったような……」


「じゃ、進むぞ」


 歩いていると、カーン、カーンと音がし始めた。


「あれは何の音かの」


「ありゃあ、木こりの偏屈ジジイが木を切ってる音さ。オレを見かける度に、ここには近づくなと抜かしやがるが、知ったことかってんだ」


 モリーが忌々しそうに言うが、ヨサックじいさんはひょっとしたら、この辺りに人を近づけたくないのかもしれない。何か、幽霊女と関係しているのだろうか?


「なるほど、ヨサックか。あれもずっと独り身で頑固な男じゃのう」


「待って、ねえ、何か別の音が聞こえない?」


 カリーナが急に立ち止まって言うが。耳を澄ませると女性の歌声のような音が微かに聞こえる。


「聞こえる。向こうだ!」


「ワシには聞こえんが、まあ、行ってみるとするか」


 皆で音がする方へ向かう。


「おい、小屋があるぞ」


「行ってみましょ」


 丸太を組んで作られた小屋はひっそりと木に隠れるように建っていた。先に窓を覗き込んだモリーがこちらに向かって静かにしろと合図し、それから腰の剣を抜く。オペラのような綺麗な女性の歌声が向こうから聞こえてくるが、例の女がこの小屋の中にいるようだ。


「ちょっと、どうする気なのよ」


「心配するな、別に斬ろうってわけじゃない。だが、相手がどう出てくるか、分かったもんじゃないからな。ただの用心だ」


 モリーが言う。


「用心って……」


「まあ、良かろう。このような人里離れた場所に住むなど、普通の人間ではないじゃろうしな」


「話が分かるぜ、司祭様よぅ。じゃ、おい! 開けろ!」


 乱暴にモリーがドアを剣の柄でノックするが、それじゃかえって恐れて出てこないと思うんだ。


「待って、そんな言い方は無いでしょう。私は『何でも屋』のカリーナよ! ちょっと話がしたいから、出てきてくれない?」


 相手の反応を待つ。

 だが歌声は止まらない。


「ちっ、無視かよ。そう言や、あのときもこんな感じだったな、なあ、イブセン」


 モリーが振り向いて言う。


「あ、ああ……あのときと同じだ。くそっ、歳を取らない人間なんて、悪魔に違いない。司祭様、今すぐ、法術を!」


「まあ、待て、イブセン。ちょっと一目見てからでも遅くはなかろう」


「何をおっしゃいますか!」


「モリーよ、ちょっとそこの小うるさいのを捕まえておいてくれるかの」


「ああ、分かったぜ、司祭様」


「司祭様!? いけません! ええい、放せ、モリー!」


 老司祭がドアを開けて中に入る。ええ? カリーナも行っちゃうの?


「おお! これは……!」


「な、なんでこの人、浮いてるの……?」


 小屋に先に入った二人が、驚きの声を上げた。

 ただ、歌声はそのままだ。

 ふむ。僕、なーんとなく、正体が分かっちゃったな。


 僕はモリーとイブセンにおいでおいでと手招きして、そのまま一緒に小屋に入る。

 そこには天井近くに浮いた一人の歌姫が軽やかに踊っていた。派手な色のきらめく衣装をなびかせ、彼女の視線は真っ直ぐ正面を見据えたままだ。


 僕はそろって口を半開きにしている未来人達をよそに、前に出ると、そこに置いてあった銀の皿のように見える投影装置に手をかざす。そうすると、歌姫はノイズが混じり、姿が半分消えた。


「ああっ! 消えた!?」


「そうか、これは、幻術か!」


「ええ、旧世界の空中ホログラム映像です。彼女はずっと昔に撮影されていただけで、実際に生きている訳じゃありません」


 僕は全員に説明してやった。


「なんだ、ビデオの仲間か。立体映像とは大したもんだが」


 モリーはビデオを見たことがあったようだ。


「おお、何という事じゃ、この子と結婚したいがためにこの歳まで独身を貫いておったというのに、ただの幻とはのぅ、抜かった……!」


 老司祭が清く美しい生涯を悔やんでいると、後ろから声がかかった。


「フン、その程度で崩れる愛ならば、それは愛とは言わぬ。真実の愛ならば、たとえ相手に触れられずとも、それで心が満たされる」


 斧を持ったヨサックが言う。


「ヨサック! そうか、さてはおぬし、これを手に入れて、独り占めしておったのじゃな?」


「ワシが見つけた物をワシがどうこうしようとワシの勝手だ。だが、こうも大人数に見つけられてしまったとなれば、致し方ない。この小屋に来れば、いつでも我が嫁エリスを見物させてやるぞ」


 ヨサックが言った。


「なんと不届きな! エリスちゃんはワシの嫁じゃ!」


「司祭様……」


「あのさ、どうでもいいけど、この角度はおかしいでしょ。これはこうして――」


 エリスが机の上に置いてあった投影装置を床に置き直した。


「うん、これで視線も真正面になったし、普通に歌ってるように見えるじゃない。んん? どうしたの、みんな」


 男性陣が少し残念な顔になるのをカリーナがいぶかしむ。


「いや、やっぱ、最初のがいいだろ。太ももがな」


 モリーが言うと、司祭もうなずいた。


「モリー、やはりおぬしは話の分かる男じゃの。ワシもそう思っておった。やはり天女は下から仰ぎ見るものじゃて」


「うむ」


「それってさあ……最っ低! イヤらしいわね! この机はどけるわよ。マモル、そっち持って」


「ええ……?」


 少しやりたくない仕事を押しつけられてしまったが、家に泊めてもらっている身としては従わざるを得ない。


「マモルよ、それでええのか? もっと自分に正直になるが良いぞ」


「そうだぞ、少年、男になれ」


「うるさいジジイども! マモルを変な道に誘わないでよ!」


 それから、その小屋には多くの男達が通い、さらにその男達がおかしな事をしないよう、女性の監視員が一人付くこととなった。

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