第20話 美しく恐ろしい女
神殿は石造りで建てられており、なかなか立派なものだった。いつの時代もこのような熱心な信者がいるものだなと僕は感心する。
「こんばんは」
「おや、どなたが怪我をなさいましたか?」
白いローブを着た女性の聖職者が出てきて僕らを見比べた。
「いえ、アタシ達は怪我はしてないの。イブセンに話があるから、ここに寄ってみたんだけど」
「分かりました。では、彼を呼んで参りましょう。そちらでお待ちください」
背もたれの無い丸椅子に腰掛けて待っていると、一人の聖職者がやってきた。彼がイブセンなのだろう。真面目そうな目をした茶髪の青年で温厚そうな笑みを浮かべている。
「こんばんは。私に御用があるとか」
「ええ。ちょっと五年くらい前の話になるんだけど、良いかしら」
「ええ構いませんよ。ちょうど今し方、夕食を終えて一息ついていたところです」
「酒場で耳にしたんだけど、あなた、五年前は冒険者パーティーだったみたいね」
カリーナが話を向けると、はにかんだイブセンは懐かしそうに何度もうなずいた。
「ああ、ええ、ええ、恥ずかしながら私も、昔はそんなことをしていましたね。その日暮らしの稼ぎよりはどこかで腰を落ち着けた方が良いかと思いまして、今はこちらでお世話になっています」
「それはいいんだけど、五年くらい前に、西の森で女性を見かけたという話を覚えてない?」
カリーナがそう切り出すと、それまで穏やかに笑みを浮かべていたイブセンが急に笑みを消した。
「西の森……! ……さあ、何のことやら。そんな話は知りません」
「ええ? でも、あなたのパーティーが見たって言ってたのを覚えてる人が二人くらいいたんだけど」
「それは……聞き間違い……い、いえ、それは私で無く、パーティーの誰かでしょう。若気の至りで、注目を浴びようとして適当なことを言ってしまったのです、きっと。さ、話は終わりましたね。どうぞ、お帰りください。これからお祈りの時間ですので」
イブセンは難しい顔になり、先ほどまでとはがらりと違って態度が怪しくなった。
「なら、せめてパーティーメンバーの名前を教えてくれない? 昨日、同じ西の森で女性を見たって言う別の冒険者がいたの」
「そんな……!」
青ざめたイブセンはどうも何かを知っていて隠している様子だ。
「やっぱり、何か知ってる感じね」
「し、知らないッ! 私は何も見ていないッ!」
後ずさって急に声を荒げたイブセンだが、反応が異常過ぎる。カリーナさん、僕はなんだかこの件はつつかない方がいい気がしてきたよ?
「どうしたのじゃ、イブセン、何か厄介事かの?」
年季の入った白ヒゲを蓄えた聖職者がこちらに顔を見せた。
「これは、司祭様……いえ、本当に何でもありません。この方達がつまらない冗談を真に受けてしまったものですから」
「ふむ、冗談とな?」
「西の森で美人の女を見たって言う冒険者がいたの」
「おお……それはきらびやかな服を着た、天女様のことかね?」
「天女?」
「ま、まさかっ、司祭様もあの幽霊をご覧になったのですか!?」
イブセンが驚いたが、やっぱ知ってるよね。自分の目で見てるよね、イブセンさん。
「うむ、まあ、幽霊か天女かはさておき、普通ではない女性を西の森で見かけたことがある。あれはワシがまだ成人の儀を迎える前であったから、もう六十年は昔のことじゃろう。森に知り合いの冒険者と一緒に入ったワシは、そこで不思議な若き女性を見かけたんじゃよ。ふわふわと浮き、実に美しかった……」
老司祭がその美女に胸キュンしているのか、壁を見つめ幸せそうな表情でしみじみと言う。
「司祭様、それから女の人はどうしたの?」
「んん? いや、どうもせんよ。連れの冒険者が、あれは魔性だと言ってワシを引っ張って街に戻ってしまったからの。もう一度、一目会いたいと思ってワシは一人でこっそり出かけたんじゃが、もう見つけることはできんかった」
「魔性。ええ、そうですとも! あれは悪魔の使いです。私が見たときも若い女性の姿でした。六十年も経って、歳を取らないはずが無い。ああ、なんと恐ろしい……!」
イブセンが頭を抱え込む。
「悪魔には見えんかったがのう」
「確かめてみる必要がありそうね」
「ええっ!?」
イブセンは素っ頓狂な声を上げたが、僕と老司祭はカリーナの提案にうなずいた。
翌朝、老司祭を連れて森へ向かう。
「司祭様、おやめください。あなたに万が一のことがあっては――」
付いてきたイブセンがしつこく言う。
「その時はお前さんが次の司祭じゃ。それに、もうワシもお迎えがいつ来てもおかしくないからのう。せめて、天国に行く前に、もう一度会ってみたいのじゃ」
「しかし……」
「いいでしょ、司祭様が行くって自分で行ってるんだから。邪魔するのなら、帰ってよ」
「そうは行きません。神殿の長を守るのが私の役割。まだ未熟者ですが、魔性の女は私が退散させて見せましょう」
「いやいや、退散させては困るぞ」
「司祭様、そんな甘いことをおっしゃっては、信徒達に示しがつきません」
「イブセンは固いのう。我が宗派は別に結婚も恋愛も自由じゃというのに」
「いえ、悪魔は別です」
「ま、悪魔ならの。その時にはワシが法力でなんとかするわい」
「おお! さすがは司祭様、頼もしい」
「じゃから、イブセンは手を出さずとも良いぞ」
「はい!」
広い森の中を道なりに進んでいくと、向こうに鉄の鎧を着た冒険者が何かを探しながら歩いていた。
「お前は、モリー!」
イブセンは彼を知っていたようで声を上げる。
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