第19話 モンスター

 森の中はスカイウォーカーを飛ばすには障害物が多すぎて向かないので、カリーナも押して歩く。

 やがて木を打ち付ける音が大きくなり、木を斧で切り倒そうとしている木こりの姿が見えてきた。


「ああ、なんだ、偏屈じいさんだわ」


 カリーナが言うと、その木こりが手を止め、じろりとこちらを睨んだ。その眉間には深くしわが刻み込まれており、気難しそうな顔だ。


「聞こえとるぞ、カリーナ。誰が偏屈じゃ」


「ええ? 相変わらず地獄耳ね、ヨサックじいさん。一人で伐採なんて危ないのに」


「ふん、足手まといなんぞ要らんわ」


 木こりの老人は再び斧を振り始めた。総白髪で結構な齢に見えるのだが、体格はがっちりとしていて、斧の速度も普通では無い。


「足手まといって、せめて見張りくらいは付けておいた方が良いわよ。この辺りでもモンスターは出るでしょうに」


「言いたいことはそれだけか。他に用がないなら、あっちへ行け」


「はいはい。ね、言ったでしょう。偏屈なのよ」


 孤独が好きな老人のようだが、カリーナが言ったモンスターという言葉が気になった。


「カリーナ、モンスターって?」


「モンスターはモンスターよ。ギルドの貼り紙にあったでしょう」


「ああ、あれが本当に出るのか……」


 ゴブリン退治や、オーク退治などの依頼(クエスト)があったが、何かの隠語かと思っていた。


「ゴブリンなんぞ、一匹や二匹、どうということはない!」


 そう言って老人が斧を後ろへ向けて振り下ろす。


「ギーッ!」


 ちょうどそこへ錆びたナイフを振り下ろそうとした人型の怪物が迫っていたが、斧の一撃で倒された。


「ああ……ちょっと、グロいの、無理」


 青い血が飛び散るのを見てしまった僕は口を押さえて、近くの木にもたれかかる。


「ええ? 大丈夫? マモル」


「ああ、なんとか。でも、今の変な奴はいったい……」


「ゴブリンよ。この辺りだと、時々、うろついてるから、君は気をつけてね。向こうは誰彼お構いなしに攻撃してくるんだから」


「そう。さっきのがモンスターって事か。厳しい世界だなあ」


 人間を襲ってくるゴブリンやオークが徘徊しているなんて。


「ふん、ゴブリンを見ただけで厳しいなどと」


「仕方ないでしょ。マモルは旧世界からコールドスリープでやってきたんだから。昔はゴブリンがいなかったのね」


「ああ」


「旧世界だと……?」


 斧を振るのを止めた老人がこちらを見やった。


「そうよ。知ってるでしょ?」


「馬鹿にするな。それくらいはワシも知っておる。とにかく、向こうへ行け。この辺りには近づくな」


「分かったわよ。なあに、あれ。森は自分の縄張りとでも言いたいのかしら」


 僕に肩を貸してくれたカリーナが振り返りながら言うが、気が散って仕事の邪魔になるからという程度のことだろう。


 その日はカリーナと共に森を探索したが、結局、キラキラ服の浮いた人間を見つけることはできなかった。


「誰もいなかったわねえ。アタシもホラに騙されたのかしら?」


「どうだろうね。森だと場所も曖昧だし、そのキラキラした服の人がいつもそこにいるとも思えない。他に近くで見かけた人がいないか、聞き込みしてみたらどうかな?」


「良い考えね。よし、なんとしても百ゴルドを手に入れるわよ!」


 僕とカリーナは夕食がてら街の酒場に顔を出し、キラキラ服の幽霊についての聞き込みを開始した。


「ああ? 幽霊だぁ? はは、カリーナ、お前その歳で、そんなの信じてやがるのか」


 ジョッキを片手に赤ら顔になっている冒険者が、僕らの質問を小馬鹿にしたようにニヤニヤ笑った。


「アタシが信じてるわけじゃないけど、西の森で見たって言う冒険者がいるのよ」


「そう言やあ、西の森で前に誰かが、べっぴんの女を見かけたって言ってたな」


「その話、詳しく!」


「んん? オレも詳しくは覚えてねえが、もう五年か六年くらい前の話だ。ゴブリンの討伐依頼を受けた新米パーティーが、武器も持っていない女が一人で森にいるのを見たって騒いでたな」


「おお、その話なら、オレも覚えてるぞ。美人の女がはぐれて迷子になってるなら、こりゃあ助けてやらなくちゃと思って、森に行ってみたはいいが、誰もいやしねえ。大方、ゴブリンを美女と見間違えたのさ」


「ゴブリンを女と見間違えたって? 大した連中だな!」


「しかも美人だってよ! ガハハ」


 酒場の一同が面白がって笑い飛ばす。


「待って、いくらなんでも、そんな見間違えなんてあるとは思えない。他に誰か、目撃した人はいないの?」


「よせよせ、カリーナ、酔っ払いの戯言を真面目に聞いたって金になりゃしねえぞ」


「なるのよ、それが。その新米冒険者の名前、覚えてないの?」


「んー、そうだなあ、イプ……いや、イブ……イブ……おお、イブセンだ! リーダーじゃないが、そのパーティーにはイブセンがいたぞ。アイツは今、どうしてるかな」


「イブセンなら神殿で僧侶をやってるじゃないか。おい、イブセン、いないのか!」


 客の一人が大きな声で名前を呼んだが、返事は無く、ここには来ていないようだ。


「ありがと。じゃあ、後でイブセンに聞いてみるわね」


「ハッハッ、聞くのは良いが、向こうはさっぱり覚えちゃいねえだろうよ」


「ただのホラ話かもな」


 確かに五年以上も前の話となると、あまり期待はできない気がしたが、それでも僕とカリーナは神殿へと向かった。

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