第3章 うつろう女
第18話 目撃者
朝早く目覚めた僕は、ブーツを履いて居間に顔を出す。
「おはよう、カリーナ」
だが、返事は無い。まだ日が昇っていないせいか、彼女は自分の部屋で眠っているようだ。
「牛乳……いや、後にするか」
一度手を付けると止まらなくなる予感がしたので、僕は代わりに台所の桶を持って外に出ることにした。この時代には水道などという上等なものは無く、井戸の水を使うのだ。居候の身としては、水汲みくらいはやっても罰は当たらないだろう。
そう思って僕は街の井戸まで一人で水を汲みに向かった。だが、街に壊れた建物は見当たらない。この前の坑道の地震はかなり規模の大きかったと僕は思っていたのだが、不思議と街の被害はほとんど無かったようだ。となると、あの坑道の補強はもっとどうにかするか、別のところを掘った方が良いだろう。
共同井戸までやってきたが、他にも井戸に水を汲みに来た人が数人いたので、これは少し順番を待つ必要がありそうだ。
「おはようございます」
「あら、おはよう。アンタは確かカリーナの家にいる……ええと」
「マモルです」
「そうそう、マモル君ね」
「坑道で埋まったって聞いたけど、大丈夫だったの?」
この街にはネットもニュースも無いはずだが、情報早いな。
「ええ、まあ、大変でしたけど、この通りで」
「それは良かったわねえ。カリーナにこき使われてない?」
「いえ、それは大丈夫です」
カリーナの方が働き者だし。
「あの子、寝相が悪いでしょう」
「さあ、寝室は別なので……」
「あらまあ、フフフ」「若いって良いわねえ、フフフ」
なぜこの人達はカリーナの寝相まで知っているのやら。田舎特有のプライバシーの無さなんだろうけど、こういう空気は苦手だなあ。
「マモル君、順番が空いたわよ」
「ああ、どうも」
井戸の滑車に引っかけてあるロープを引っ張り、水を汲む。
「それにしても、なんであの子はコールドスリープ患者ばかり拾ってくるのかねえ」
「それだけ気のいい子なんだよ」
「いい子ったってねえ……」
ヒソヒソ声でおばさん達が話していたが、カリーナが連れてきたコールドスリープ患者は僕が初めてでは無いらしい。
「それじゃ失礼します」
「はいはい」
「体に気をつけるんだよ」
「はい」
カリーナの家に戻ると、彼女が僕を探していたようで家の周りをキョロキョロしていた。
「おはよう、カリーナ」
「マモル! 良かったぁ。もう、どこかに行っちゃたかと思ったわよ」
「心配かけてごめん。まだ寝てると思ったから。水を汲んできたよ」
「ありがとう。じゃ、すぐに朝ご飯にするわね」
「ああ」
僕は食卓に木の皿を並べ、そこで座って待つことにする。カリーナは今朝も上機嫌で鼻歌を歌っている。僕の生活は以前とは違う生活だけど、ご飯が食べられれば生きていける。それなら、この世界で生きていこう。そう思った。僕を心配してくれる人だっているのだから、簡単に諦めたり投げ出したりしない方が良い。
この時代はVANP患者でも普通に生活ができる。それは自分で責任を持って病気を管理しないとまずいという事だと思うが、今のところは誰も感染させていないし、大丈夫そうだ。
僕の元気の素、牛乳を一杯ほど飲んでからカリーナと一緒にスカイウォーカーに乗り、冒険者ギルドに向かった。
「だから、オレは見たんだよ!」
ギルドに入ると、カウンターで職員に向かって何やら懸命に説明している冒険者が一人いた。
「何かしら、あれ」
「さあ?」
職員の方は困り顔と呆れ顔が半々と言った感じで、まともに取り合おうとはしていない。
「森の奥で精霊、いや幽霊を見たんだ! 本当だ! そいつは空中に浮いてたんだよ! なんでみんな信じてくれないんだッ!」
冒険者の男は興奮したまま両手を振ってまくし立てた。
「そう言われてもねえ。うちじゃどうしようも」
「おめえはおおかた、スカイウォーカーでも見間違えたんじゃねえのか? カリーナ、お前、昨日は森にいたんじゃないのか」
別の冒険者が言うが。
「冗談、昨日は坑道で事故があってアタシが大変だったの、知らないの?」
「ああ、それもそうだったな、聞いた聞いた」
「でも、浮いてたってどういうこと? スカイウォーカーに乗ってる人だった?」
カリーナが男に話を聞く。
「いいや、乗り物には乗ってなかったぜ。ただ、奇妙な服を着てたなあ。やたらキラキラして派手だった」
「ふうん。それだとこの街の人間じゃなさそうね」
「おうよ。あんな奴は見た事ねえ。よし、決めた! カリーナ、お前に仕事をくれてやる。百ゴルド出してやるから、あの女をここへ連れてきてくれ」
「ええ?」
「そうすりゃ、オレが嘘を言ってないってこいつらも認めるだろうからな」
「やめとけやめとけ、どうせ酔っ払ってたんだろ」
「酔ってねえよ」
「いいわ。百もくれるって言うなら、引き受けるわよ」
「おお、やってくれるか」
仕事ができた。その冒険者に場所を詳しく聞き、僕らはさっそくその森へと向かった。
「たぶん、この辺りね」
広葉樹が生い茂り、上から木漏れ日がまばらに差し込んでいるが、ここに人らしき姿は見えない。
だが、少し遠くから、カーン、カーンと規則的な音が聞こえてくる。
「あの音はなんだろう?」
「ちょっと行って確かめてみましょうか」
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