第17話 テロリスト
コールドスリープに入る前、僕は自分の病気について、自分なりに治せないかと思って、徹底して調べた事がある。
図書館に出向いて、持ち出し禁止の専門書を許可をもらって閲覧したこともある。
ただ、機密指定になっている部分が多く、症例も少ないためか、僕が知りたいことについてはあまり具体的なことは分からなかった。
それよりも、吸血鬼病患者がその性質のため、周囲から孤立して反社会的になり、死を恐れぬ最悪のテロリストとして大事件を起こして有名になっている事など、そんな生い立ちを含めた情報だけは詳細に載っていた。
ID-208012
【症例】
【略歴】 私立広島大学卒。広島液晶工業に三年勤務した後、辞職。自称Vチューバー、自称自宅警備員。テロ事件を起こし、有罪判決。
【事件概要】
被告のVANP感染時期は不明。動画サイトでテロ予告を行い、日比谷公園で一般市民に取り押さえられる。その際、被告が口から出血し、それを殴った一般市民が感染。VANPテロ特措法により、仮釈放無しの終身刑の判決を受け、現在も服役中。
ID-208113
【症例】
【略歴】 市立三鷹高校一年生。日比谷VANP通り魔事件で被害者として感染。その後テロ未遂事件を起こし、有罪判決。
【事件概要】
感染後のカウンセリングには真面目に通院していた。担当医の証言では明るく話し前向きな様子を見せていたという。しかし、大型ショッピングモールの貯水槽に自分の血液を投入して、大量感染を狙うテロを実行。幸い、塩素で変質した血液に感染力は無く、また経口投与や経皮接触では感染しないため、このテロにおける一次的な感染者はゼロであった。VANPテロ特措法により、仮釈放無しの終身刑の判決を受け、現在も服役中。
ID-208114
【症例】
【略歴】 市立三鷹小学校四年生。傷害事件を起こし、有罪判決。
【事件概要】
新生児の院内感染によりVANPキャリアとして生まれる。八歳までは問題行動無し。しかし、三鷹ショッピングモールでVANPの血液を含む水道水を偶然に摂取、急性VANP中毒症状により錯乱、母親を含む二人の人間を噛んで感染させた。VANPテロ特措法により、仮釈放無しの終身刑の判決を受け、現在も服役中。
ID-208215
【症例】
【略歴】 東大医学部卒、マサチューセッツ総合病院で研修医勤務の後、CDC疾病対策センターに勤務、その後、筑波国立遺伝子研究所に所属、VANP研究中にVANP患者に噛まれて感染。同施設で治療中に脱走。テロ未遂事件を起こし、射殺により死亡。
【事件概要】
治療施設からの脱走時、彼女の研究室から大量のVANPウイルスサンプルが紛失していたため、緊急指名手配、自衛隊の災害派遣で捜索が行われ、真壁容疑者を発見、その場で射殺した。捜索中、七名の自衛隊員が容疑者に殺され、または自殺、いずれも七名全員がVANP陽性と診断された。ウイルスサンプルについては現在まで発見できず――。
それを読んだ僕は、言い知れぬ嫌悪感を――きっとそれは恐怖であったのだろうが、自分は絶対にこうはならないぞと言い聞かせたのを良く覚えている。
だが、それももう必要なくなったかもしれない。このまま埋まっていれば、僕は誰も感染させることは無いのだ。誰も不幸にしなくて済む。
だから――。
僕は掘る手を休め、目を閉じた。
「マモルッ!」
誰かの声が聞こえてきた。母さん? いや、真希か?
そうか、お迎えが来たのか……。
僕は少し嬉しくなった。なぜなら、こんな時代に一人飛ばされて家族と離ればなれになるなんて僕が望んだことでは無かったからだ。
だが、親切にしてくれたカリーナや街の人は、僕が死んでしまったことをひょっとしたら悲しむのではないだろうか。それはまあ仕方ない。ただ、結局、服とブーツの代金、カリーナに返せなかったな……。
「マモルッ! 返事をしろぉっ!」
んん?
それはやけにはっきりとした声だった。
「おい、落ち着け、カリーナ。ここも危ないんだぞ」
「いいから掘る! まだ助けられるかも。いいや、絶対に助ける!」
ああ……そうか、カリーナはそんな子だったな。
いつも前向きで、楽観的で、絶対に諦めない。
僕にはそんな感情豊かな彼女が少し眩しく見えていた。
どうして僕なんかにそんなに必死になるんだか。
だけど、それは嬉しいことだ。
誰かが気にかけてくれるということは。心の奥底から温かいものがじんわりとこみ上げてくる。
「ここだ!」
僕は声を張り上げた。土が喉に入っていたせいか、少し声がかすれていたが、もう一度叫ぶと、今度はきちんと声が出た。
「マモル! マモルの声よ!」
「お、おお、生きてやがったか」「こいつぁ、たまげた」
「よし、掘るぞ、てめえら!」「「「応ッ!」」」
半日かけ、土の中からようやく掘り出された僕は、くたびれたモグラの気分だった。
「マモル! 良かった! 良かったよう、うう」
カリーナが僕に抱きついて泣き始めてしまった。
「ええ? カリーナ、大げさすぎ。僕はホラ、ピンピンしてるし、平気だから」
「平気なんかじゃないッ!」
カリーナが赤毛のポニーテールを振って真剣な顔で言う。僕は彼女のあまりの迫力にちょっとびっくりしてしまった。
「こんな目に遭って、平気な人がいるわけないでしょう。それが平気だなんてお願いだから言わないで」
「分かったよ。大変な目に遭っちゃった」
「そうね、ふふ」
僕はふと、妹の真希があの時に怒った理由が少しだけ分かった気がした。
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