第16話 地下坑道のモグラ

 数秒の自由落下の後、がっつりと脳天まで突き抜けるハンパない衝撃があった。


「ぐっ! さすがに効くなあ」


 落ちるときに上手く両手でバランスを取っていたので頭からの直撃は避けられたが、着地の瞬間が見極められなかったため、両足の骨折だ。この感じだと腰もおかしな感じになっている。


「いててて」


 下半身はあまりの痛さのためか、それとも神経がやられたのか、すでに麻痺して痛みは無い。それとは別に頭の上に石が落ちてくるので、僕は腕の力で這いずりつつ、エレベータシャフトの下から通路へと逃げた。


 地震もようやく収まった。


「ふう、後は、整体のお時間か……」


 車にはねられて骨折したり、スケートリンクで転んで骨折したことがあるので、骨折の直し方は感覚でもう掴んでいる。ただ、ここまで派手に折ったのは初めてなので、ちょっと心配だ。

 まず、ズレている骨を正しい位置になるように足を手で引っ張る。


「うわあ……」


 足の痛覚が麻痺しているからいいようなものの、ぶらぶらしている足を動かすのは自分の足であろうと気持ちが悪い。両足の長さがそろったのを確かめ、筋肉に力を入れて具合を確かめる。ううん、痛みが消えていると、ちょっと分かりづらいな。だが、僕の体は吸血鬼病のため、骨折程度なら三十分と経たずにくっついてしまう。きちんと整体をしておかないと後々、悲惨なことになる予感がした。


「いててて、あー、戻って来た」


 痛覚が戻り、骨がくっつき始めたのが自分でも分かる。足に力を入れ、筋肉を動かし、具合が良いように調整していく。


「よし、治った」


 レントゲンを見たら凄いことになっているのかもしれないが、少なくとも足の違和感は無くなった。立ち上がる。


「さてと、上がるかな」


 エレベーターを確認する。

 エレベーターシャフトの底が少し土で盛り上がっているが、鳥かごを呼ぶのに問題は無さそうだ。僕は鉱夫に効いていた操作方法を思い出し、まずは黄色のボタンを押し、警告ブザーを鳴らす。続いて――


「うわ、またか、くそっ!」


 再び揺れが襲ってきたので、慌ててエレベーターシャフトから退避。

 それにしても、地震が三度続くのは珍しい。しかもだんだん強くなるのは……。


「なっ!」


 ぐらりと大きく揺れた瞬間、通路の天井の板がバキッと割れ、僕は上から突然に降ってきた闇に覆われた。



 

 ――どれくらい時間が経過したのだろうか。


 最初に意識が戻ったとき、僕は自分が動けないことに気づいて少しパニックになった。だが、すぐに状況を思い出したので、冷静になる。


 僕はエレベーターシャフトに近い通路で、土に潰されて完全に埋まっている状態だ。体の感覚を確かめるが、今のところ、痛みは無い。怪我はしていないようだ。ひょっとすると怪我をしてそれから治っているのかもしれないが、目を開けても土が目の前にあるだけなので、確かめようが無かった。


「くそっ、手も動かないって、ぺっぺっ」


 独りごちたが、口から土が入ったのでそれを吐き出す。幸い、呼吸はなんとかなっているので、空気の隙間がどこかにあるようだ。


 少しずつ、指を動かし、手の周りの土をどけていく。

 体をちょっとずつ動かし、土を押しのけていく。

 気の遠くなるような作業だが、これしか方法が無い。


 自分はたいていのことでは死なないと思っていたが、今、初めて本当の恐怖を味わっている。このまま吸血鬼病患者が埋まってしまえば、僕は動くこともままならず、ずっと意識を保ったまま、永遠の時間をこのままで過ごすのではないか――と。


 それは絶対に嫌だった。


 腕を必死に動かす。指が切れ、爪が割れるが、そんなことは気にしない。どうせ放っておけば回復するのだ。もがく、ひっかく、あがく、かき分ける。


「よし、腕が抜けたぁ!」


 これで顔の周りの土がどけられる。両腕の自由を確保し、顔の周りの土も、どけてみたが、やはり真っ暗なままだった。


 ――どっちだ?


 今、僕はエレベーターシャフトの側に向いているのか? それとも、通路の奥側か?


 それが分からないと、闇雲に掘り進んでも外へ出られない。

 

 分からない。


 通路の天井から土が落ちてきた時にどういう姿勢だったかを覚えていないのだ。自分がどちらを向いているか、その方向も定まらない。

 失敗した。次にこういうことがあったなら、絶対に姿勢を覚えておこう。


「まあいいか」


 ともかく、掘り続ければどこかには出るだろう。


 たとえそれが一年かかろうと、二年かかろうと。


 その間に、牛乳切れで僕の精神がどこまで理性を失うかだが、それは考えても仕方が無い。

 途中でぽっくり逝ってくれるなら、それも悪くはない選択に思えた。


 だって、僕の家族はもうとっくに土の中なのだから。

 父さん、母さん、そして妹の真希――

 三人の笑顔が走馬灯のように思い出される。

 あれ、これはひょっとしてフラッシュバックというヤツだろうか。人間は死に際にはこんな状態になると何かの本で読んだ気がする。僕はとうとう、お迎えが近づいたのだろうか。


「お兄ちゃんの馬鹿!」


 泣きながら、真希が僕を罵っているところを思い出した。

 あれは、どういう状況だっただろうか。

 確か、真希が車にはねられそうになったので、僕が彼女をかばって助けたんだった。それであんなに真希が怒るのはちょっと子供心に納得がいかなかったのだが、一週間くらい、真希がムスッとして僕を無視していたことがあったっけ。思えばあれから、僕は自分の体の特殊性を心で理解したのだ。

それまで頭では理解していたつもりだった。だが、医者が吸血鬼病とは――云々と説明してくれても、彼らは僕が何をできるか、心や行動がどう変わるかまでは説明してくれなかった。


 吸血鬼病患者は死を恐れない。


 特に子供の頃からVANPになった者はその傾向が顕著だという。普通の人間なら即死するような大怪我をしても、ほんの数時間で回復してしまうのだから、それも当然だろう。


 怪我や病気だけでなく、寿命で訪れる死に対しても恐れが薄い。老衰の寿命については情報が機密指定されていて、医者も教えてはくれなかったが、かなり長生きするだろうなという感覚はある。まあ、高校生まで成長した以上、不老不死なんて信じちゃいないけど。成長するなら、必ず老衰も起きる……はずだ。僕はデタラメな体だけど、生物には違いない。

 

 ファンタジー世界の化け物では無いのだ。

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