第15話 落下

「きゃあ!」


「カリーナ!?」


 さらに通路の天井が崩れ、土でエレベーターへ向かう通路が完全に塞がれてしまった。

 そんな、カリーナが……


「こっちは大丈夫よ! 今、そこを掘るから、待ってて」


 彼女の声が聞こえてほっとしたが、姿は見えず、今なお土が崩れ落ちている。危険だ。


「カリーナ、君は先に行ってくれ。こっちは僕がなんとかするから」


「なんとかって――ちょっと、放して! マモルを助けないと」


「馬鹿言うな! いいから早く出るぞ、死にたいのか」


 向こう側の鉱夫がカリーナを捕まえてくれたようだ。ありがたい。


 ようやく揺れが収まったが、一度崩れた坑道などとても安心できるものではない。


「スコップを取ってきます」


「ああ。まったく、ついてないぜ。オレもお前もな」


 体が半分埋まったままの鉱夫は動けないようだが、痛みは無いようで、これなら掘り起こすだけで助けられるだろう。


 スコップを持ってきた僕は、まず先に、エレベーター側の通路に向かって空気が通る穴を開けておくことにする。発掘側の空間の広さから考えてすぐ空気が無くなるとは思えないが、送風機も置いてない以上、下に二酸化炭素が溜まっていたら事だ。


「頼むぜ、相棒、崩してくれるなよ」


「気をつけます」


 鉱夫も僕が何をしようとしているかは理解しているようで、反対はしなかった。

 まずは上の方をそっとスコップで掬う。土がボロボロと落ちてきて、一筋縄では行きそうに無いが、大きく崩れる心配は無さそうだ。何度か掬っていくと、天井際に向こうのランプの明かりが見えた。成功だ。


「空気が通る穴ができました。次はそっちをやります」


「ああ。時間はかかるが、上側から削っていけ。下だけ掘ってもこの分だとすぐに崩れて意味が無いぞ」


「はい」


 鉱夫の指示通りに、上側の土から掬ってどけていく。


「よし、もういい、動けそうだ。引っ張ってくれ」


「はい」


 力一杯、手を引く。抜けた。


「ふう、助かった。礼を言うぜ、マモル」


「はい。歩けますか?」


「当たり前だ。オレがそんな柔な野郎に見えるか?」


「いいえ」


 体格は僕よりもずっと良く、筋肉の塊のような肉体だ。彼は体の土を払うと、スコップを拾った。


「マモル、お前は少し休んでろ。本職の堀りってのを見せてやるぜ」


 鉱夫はそう言うと、僕の三杯くらいの土を一度に堀り上げ、後ろに土を豪快に散らしていく。速さも倍。こりゃ鉱山勤めも僕には無理そうだ。


「よし、これで上を抜けられるだろう。お前が先に行け」


「いえ、お先にどうぞ。その体じゃ、後ろから押さないとつっかえそうですよ」


「どうかな。まあ、どれ、一丁通ってみるか」


 鉱夫の尻を押してやり、少し支えたが、なんとか抜けた。


「よし、マモル、次はお前だ」


「はい」


 手を引っ張ってもらい、僕の方は簡単に通り抜けられた。


「軽いなぁ、お前。もっと食べて肉を付けろ」


「そうですね」


 運動不足は自覚しているので、そう言われては苦笑するしかない。


 通路を先に行くと、さっきのエレベーターが見えた。鉱夫がそれを見て歓声に近い声を上げる。


「よし、助かったぞ! エレベーターシャフトが無事だ」


 ここが使えないと、上には出られないわけで、鉱夫という仕事も命がけだな。


「お前にも使い方を教えてやろう。まず、このボタンで警告を出す。これから鳥かごを呼んで動かすぞぉってな」


 スケルトンエレベーターを鉱夫達は鳥かごと呼んでいるらしい。別にカナリヤになった気分で、というわけでもないのだろうけれど。

 通路の右にエレベーターと同じ三色丸ボタンのリモコンが付いており、鉱夫が真ん中の黄色のボタンを押すと、カリーナが押したときと同じ警告ブザーが鳴った。


「それから、赤を押せば、鳥かごが降りてくるって寸法よ」


 エレベーターがちゃんと降りてくるか少し心配だったが、ゆっくりと鳥かごは降りてきた。鳥かごの上側に石と土が少し積もっているが、大丈夫そうだ。


「よし、とにかく外に出るぞ。まだ余震が来るかもしれねえ」


 鉱夫が言い、僕もうなずいて鳥かごに乗る。


「青のボタンで上昇だ」


 鉱夫が青のボタンを押し、鳥かごが上に動き始める。


 無事に地上に戻れる安心感からか、僕と鉱夫はニヤニヤと笑い合った。 


 が、途中でガコンと衝撃があり、鳥かごは止まってしまった。


「んん? どうした。おい、動け」


 鉱夫が青のボタンを連打するが、ガコンガコンとその度に鳥かごが揺れる。こりゃ、動力系の問題じゃないな。モーターは正常に動いている。


「待ってください。どこか引っかかってるかも……あれだ!」


 鳥かごの端と外壁の鉄骨の柱の間に大きな石が挟まっていた。さっきの地震で崩れて落ちてきたのだろう。


「くそ、あれが引っかかってるのか。なら、一度鳥かごを下げて……ああくそっ、ダメだ、取れねえ」


 石は落ちずに、しつこく引っかかる。


「これは外から取り除くしかないですね」


「外っておめえ……」


 鉱夫が正気かというように僕を見る。


「大丈夫です。割と危険なのは得意分野なので」


 僕はそう笑って鳥かごの柵を開ける。安全装置などは無いので、簡単に空いた。


「落っこちるなよ……」


「ええ、気をつけますよ」


 柵の出っ張りに足をかけて外側から慎重によじ登る。この高さで落ちたら、普通の人間なら即死だろうな。


「あっ」 


 つるっとブーツの足先が外れたので焦ったが、両手を柵にしがみつかせていたので大事には至らなかった。


「おいぃ……!」


 鉱夫の方は見ているだけで肝を冷やしてしまったようだが、大丈夫。


「これで……もうちょっと」


 上に手を伸ばす。後ほんの少し。距離が厳しいが、つま先立ちで手を伸ばせば、石に手が届きそうだ。


「もうちょっとだ、頑張れ、マモル」


 柵を掴んで体をさらに伸ばす。石に左手の薬指の先端が当たった。ずらす。大きな石が僕の脇を落ちていった。


「取れた!」


「やったぞ!」


 後は鳥かごの中に戻るだけだ。僕は慎重に、そっと足を伸ばして足場を確かめる。

 だが、突然、思わぬ方向に鳥かごが揺れた。


「うわっ?」


「うおっ! くそっ、また地震か!」


 上からバラバラと土が落ちてくる。まずい、この状態だとエレベーターを動かせないし、また石が詰まって動けなくなるかもしれない。エレベーターシャフト自体が崩れるのではないか、そんな気がしてくる。


「マモル、待ってろ、今、オレが引っ張ってやるから」


「いえ、この体勢じゃ無理です。いったん、僕は下に降りるので、先に上がってください」


「な、何を言ってる、降りるってお前――」


「大丈夫なんですよ。僕はそれくらいじゃ死にません」  


 ただし、痛いのは嫌なので、気合いを入れてから手を放す。


「ま、マモルーっ!」

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