第14話 魔道
鉱山道で不思議に光る明かり。僕がそれについて聞くと、カリーナがうなずいた。
「ええ、魔道具の光よ。魔石を交換しなきゃいけないけど、風が吹いても消えないし、持ち歩くにはこれが一番ね」
「魔道具に魔石ねえ? なんだかゲームの世界みたいだ」
「君の時代に開発したものだと思ったけど、違うんだ?」
「僕の時代には全部電気だったよ」
ケミカルライトのようなものもあるにはあったが、こういう場所では使わない。
「ふうん」
板で補強された坑道を歩いて進む。一定間隔でランプが壁に引っかけてあるので、道を見失うことは無いが、足下を完全に照らしてくれているわけでもないのでおぼつかない。一方でカリーナはさっさと歩いて先に行ってしまうので、僕は慌てて彼女の後を走って追わねばならなかった。
キン、キン、カン、カンと、金属を打つ音が通路の先から聞こえ始め、やがて鉱夫達が穴を掘る最前線へと到達した。
「おまたせ! 『何でも屋』のカリーナがパンを持ってきてあげたわよ!」
「おお、昼飯が来たぞ!」
「そろそろ休憩にするか」
下はズボンに上はシャツ一枚という格好の体格の良い男達が、作業を止めてこちらにぞろぞろとやってきた。僕とカリーナは一人一人に持ってきたパンを渡していく。
「?」
僕は疑問に思ったが、カリーナは牛乳の革袋も一緒に持ってきているのに、それについてはさっきから何も言おうとしない。僕の視線に気づいた彼女はウインクすると人差し指を立て、黙っていろと合図してきた。何か、考えがあるらしい。
鉱夫達はその場にあぐらを掻いて座り、めいめいにパンをかじり始める。彼らも水筒は持っていたようで、それを時折飲みながら食べている。
「ああ、くそ、水が無くなっちまった。誰か譲ってくれ」
「こっちもだ」
「上にあがって汲んで来いよ。ついでにオレの分も頼む」
「お前が行けよ」
鉱夫達は皆、自分があがってくるのは面倒なようだ。もしかしたら、あのちょっとおっかないエレベーターに乗りたくないだけかもしれない。
「さあて、皆さん、お立ち会い! ここに美味しい美味しい牛の乳がありまーす!」
ようやくここでカリーナが革袋を皆に見せた。なるほどね。上手いタイミングだ。
「おお、寄越せ」「オレもくれ!」
「一人コップ一杯、一ゴルドね」
「ああ? コップ一杯? ぼったくりじゃねえか」
「カリーナ、そりゃあお前、あくどいぞ」
「嫌なら別に買ってくれなくてもいいわよ。自分で今から上にあがって、ジルさんの牧場まで買い付けに行けばいいじゃない」
カリーナが言うと皆が押し黙り、少し考えてから口を開いた。
「よし、仕方ない。ただし、一ゴルドでコップ二杯だ。それなら買ってやる」
「毎度ありぃ」
あきれたが、カリーナも値引き交渉を前提として、最初はふっかけた値段を提示したようだ。
「マモルも買う?」
「いい。お金を持っていないし、ふう、なんだか僕はこの時代でやっていけるかどうか、不安になってきたよ」
「ああ、ごめんごめん、そういえばまだ給金を出してあげてなかったわね。これ、昨日の分の給金代わりって事で、飲んで良いわよ」
牛乳コップ二杯が一日のバイト代なんて少し安い気がしたが、僕はコップを渡してもらい、ごくごくと飲んだ。
ああ、旨い……。この美味しさ。なんだか牛乳さえあればこの時代で頑張れそうな気がしてきた。うん、安い男だ。
「そいつ、マモルって言うのか。見ない顔だな」
「私がこの間運んできたコールドスリープ患者よ」
「へえ、そいつぁ……まあ、坊主、たくましく生きろ。これをやる」
一人の鉱夫がパンを少しちぎって渡してくれた。
「どうも」
「オレもくれてやろう」「オレもだ」
「どうも、ありがとうございます」
妙にみんなが優しいが、不治の病ということで同情してくれたのだろう。
「言っておくけど、マモルは見ての通り、普通と変わりゃしないわよ」
「だが、あんまりこき使ってやるなよ」
「それは分かってるけど。ところで、何か良い物は出た?」
「ああ。出たぞ。久々の大物だ」
鉱夫達がニヤリと笑う。
「物が何かはオレ達にはさっぱりだがな」
「へえ、凄いじゃない。見てもいい?」
「ああ、いいぞ。持って逃げようたって、まだ半分も掘り出しちゃいねえからな」
「別に持って逃げたりしないわよ。人聞きの悪い」
カリーナが掘り出している物を見に奥へ向かう。
「うーん、何かしらこれ。マモル! 君なら分かるんじゃないの?」
「ええ? どうだろう。じゃあ、ちょっと見てみようか」
奥に行くと、地面から青い直方体の人工物が斜めに突き出ていた。横幅は一メートル、厚みは五十センチくらい、奥行きは不明。結構大きい。鉱夫達はこれを掘り出していたようだが、今はもう絶滅してしまったらしい旧世界の文明が価値を持っているというわけか。
「どう?」
「いやあ、これだけじゃさっぱりだね。自動販売機……にしてはちょっと細長いな」
「自販機か。オレも似てるとは思ったが、そいつは勘弁して欲しいぜ」
鉱夫が言う。
「ああ。炭酸の缶ジュースなら飲めるが、他はたいてい腐っちまってるからな」
「雑誌や玩具ならいいんだがな」
旧世界の遺物でも、食べ物は軒並みダメらしい。
もう飲めないのかと思うと、コーラやその他の色つきの、あのいかにも不健康そうな飲み物が少し恋しく感じられた。
「じゃ、戻りましょうか」
「うん」
僕とカリーナが地上へ上がろうときびすを返したとき――
天井からパラパラと土が落ちてきた。皆の視線が上に集中する。まただ。
「いかんっ! 全員、外に出ろ!」
「くそっ、地震だ!」「畜生め!」「急げ!」
うぇ、それがあったか。こんな時に!
「マモル、急いで!」
「ああ!」
僕も走ってエレベーターへ向かう。
「うおっ!?」
急に揺れが大きくなり、まともに走れない。先を行く鉱夫の一人が足を取られて転んでしまった。僕は手を貸そうとしたが、その時、大きく天井が崩れ、土砂が降ってきた。慌てて土を躱したが、代わりに鉱夫の下半身が埋まってしまった。彼の手を取って引っ張るが、とてもすぐに抜け出せそうにない。
「マモル!」
「よせ! 戻るんじゃ無い、カリーナ! 危険だぞ!」
先を行く別の鉱夫が声を張り上げるが、カリーナは構わずこちらに走って戻ってくる。
「くそ、ダメだ。オレはいい、マモル、お前は先に行け」
埋まっている鉱夫が言うが、はいそうですか、などと簡単に言えるわけがない。なんとかしないと。
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