第2章 怒りの理由
第13話 配達のクエスト
翌日――。
「今日はこれにしましょ」
冒険者ギルドの壁にたくさん貼り付けられている
「パンの配達か。楽で良さそうだね」
僕は言う。パンなら持ち運びも軽いし、割れ物でもない。お昼ご飯用なら焦って運ぶ必要もなさそうだ。
「手数料はたったの一ゴルドだけどね。こんなお駄賃で本当に引き受ける人がいると思ったのかしら? お昼を食いっぱぐれたらどうするつもりだったんだろう?」
引き受けようとしている当人が首をひねる。
「まあ、それなら自分で買いに行くんじゃない?」
「それもそうか」
ギルド職員に依頼引き受けの手続きをしてから、僕らはパン屋へと向かった。
「こんにちはー」
「ああ、カリーナかい」
工房の中で長い柄のスコップを使い、窯からパンを取り出している職人が笑顔を見せた。
香ばしいパンの匂いが充満していて幸せな気分になれるが、中はむっとするほどの熱気で顔が暑い。これはパン職人も大変そうだ。こんなことなら十三歳か十四歳のハローワークの本、読んでおけば良かったな。
「長くないフランスパンを八つ、太めで頼めるかしら?」
カリーナが注文する。
「いいよ。急ぎかい?」
「いいえ、昼ご飯までで良いわ」
「そうかい。おい! 長くないフランスパンを八つ、太めだそうだ」
「はい、八つだね」
工房の奥にいた奥さんらしき人が、棚からクリーム色の巨大な生地を抱えて大きな作業台の上にドスンと置いた。
それから麺棒を使い、生地の上をその棒で包丁代わりに縦に引いて滑らせると、小分けに切り取っていく。流れるような動きで、実に慣れた手付きだ。
あっという間に八つの塊ができあがる。次に麺棒を転がして一つずつ塊を引き延ばし、それを折り紙のように折りたたむ。数回それを繰り返した後、パンの形に整えて、それをポイッと窯側のテーブルへと放り投げた。
それを先ほどの夫らしき職人がスコップで掬って窯に突っ込んでいく。ぐにぐに、ペタペタ、ぐに、ポイッ、ザシュ!
「焼き上がるのに二十分はかかるよ」
パン職人(夫)が、ぼけーっと眺めていた僕らに言った。
「じゃあ、その間にジルさんのところに寄って、牛の乳ももらってこようかしら」
カリーナが言うが。
「おお!」
僕の生命の源、牛乳。あのスッキリとして甘い
「あー、やっぱりマモルはここにいてもいいんだけど」
「な、なんでそんな意地悪なことを言うんだ」
「だって、あなたをあそこに連れて行ったら、またお腹壊すでしょ。これから仕事なんだから、私一人で行ってくるわね」
「あ、ちょっと、カリーナ待って!待って!」
僕は追いかけようとしたが、彼女はひらりとスカイウォーカーに飛び乗ると、一人で行ってしまった。
「くそう……」
ここから牧場まで走って行ってもいいのだが、それだとお昼時のお仕事に間に合わない気もする。
くっ、このよだれ、どうしてくれようか。
「マモル君だったね、ほら、パンを一つあげよう。奢りだよ」
「ホントですか! ありがとうございます。あちち」
焼きたてのパンを一つもらったが、熱いのでお手玉してしまう。フーフーしてちぎると、もわっと中から湯気が出てきて、真っ白で柔らかなパンの内側が露わになった。むむ、これは堪らん。
ひとかけらを口に放り込む。
「……うめえ……!」
外側はガリッとせんべい並みの固さなのに、内側はまるで綿飴のようなふわっとした柔らかさで、その歯応えのギャップが面白い。噛めば噛むほどほんのりと塩味が感じられ、それがまた食欲を促す。食べたのはあんパン三つ分のスーパーサイズミーだったと思うが、もう無くなってしまった。さすがに、金も払わずにお代わりとは言えないな。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「そりゃ良かった。美味しいと言ってもらえると、作った甲斐があるからね」
パン職人の夫婦が誇らしげな笑顔を見せてくれた。
「あのう……カリーナが戻ってくるまで時間があるので、僕も何か手伝いましょうか?」
「そうだねえ、駄賃無しでいいなら、生地をこねるのを手伝ってもらおうか」
「はい」
裏の井戸を教えてもらい、そこで丁寧に手を洗ってから、生地のこねこねを手伝う。
「そうだよ、もっと力を入れてぐいぐい押し込んでおくれ」
「はい、よっと、ふう」
思った以上に重労働だ。生地がデカいからこねる範囲も大きい。これはパン屋は無理だわ。
「ほら、八つとも焼けたぞ。袋に入れて持って行くといい」
「どうも。デカいな……」
僕が想像していたパンより、二回りは大きい。直径二十センチ、長さ八十センチと言ったところだろうか。とても袋一つには入りきらず、袋を二つ貸してもらって紐で縛って落とさないよう固定する。
「どう? そろそろ焼けた?」
カリーナが戻ってきた。
「焼けたよ。いつでも行ける」
「じゃあ、ちょっとお昼にはまだ早いけど、先に持って行きましょ」
「ああ」
二人で一袋ずつ担ぎ、スカイウォーカーで少しゆっくり移動。
「見えた。あそこが坑道の入り口よ」
小屋の屋根から上に向かって垂直に高く突き出た鉄骨が四本あり、上部には滑車とモーターらしき機械が設置してあった。どうやらエレベーターの一部らしい。
「へえ、これで下に降りるのか」
「そ。じゃあ、乗って」
手動でエレベーターの柵を開け、乗り込んで閉める。
入り口近くに、油で黒く汚れている色違いの丸いボタンが三つあり、そのうちの黄色の丸ボタンをカリーナが押すと、ブーというブザー音が鳴り響いた。それだけでは何も起きず、カリーナは少し待った後、今度は赤のボタンを押した。
するとエレベーターがガコンと揺れると下に動き始めた。ちょっと不安を覚える動きだが、何度も使っているのだろうし、きっと大丈夫だろう。
「これって前に三回くらい、下まで落っこちたことがあるって聞いたわ」
「エー」
聞きたくない情報だった。情報開示はとても大事なことだけど、今知りたいことではなかった。何しろ、最低限の鉄骨だけを組み合わせている壁無しのスケルトンエレベーターなので、動いている中から外の板壁が丸見えだ。余計に恐怖感が増す。板がやっつけ仕事かと思えるほど乱雑に打ち付けてあるから、なおさら。
カリーナはボタンをいつでも押せるように手を添えたまま待機し、いつもと違って口を真一文字にして真剣な表情をしている。それがまた緊張感を醸し出してくれた。
「よし、ここ!」
下の明かりが見え、外と床の一が一致したところでカリーナがもう一度赤のボタンを勢いよく押し、エレベーターを止めた。
「うん、完璧!」
「それ、ボタンを押さなかったら、止まらないの?」
「止まることは止まるけど、ちょっとズレるのよ」
「そう」
技術が発展してくれると良いな。
自分で柵を開けてエレベーターを降りる。壁には、青白くおぼろげに輝くランプが引っかけてあった。
「これ、炎……じゃなさそうだね?」
LEDのようなまぶしさや、蛍光灯の無機質な光とも違う。昔に使われていたという白熱灯だろうか?
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