第12話 病との付き合い方
夕方になり、西の空が茜色に染まり始めた頃、ようやく僕とカリーナは必要な薬草を集めてエミの家に向かっていた。
回復薬に用いるヨモギと違い、痛み止めの薬草はなかなか見つけるのに苦労した。なにしろカリーナがうろ覚えの上に、他人に物を絵的に分かりやすく説明するのが致命的に苦手だったからだ。せっかく張り切っていた僕もあまり活躍する場は無く――まあ、それでも薬草が見つかったのだからそれでよしとしよう。
「エミ、カリーナだけど」
「ああ、カリーナさん。どうぞ中へ。どうでしたか?」
「うーん、今日のところは、痛み止めの薬草を持ってきたわ。はい、これ」
「ああ、ありがとうございます。さっそく煎じて、おばあちゃんに飲ませてあげようと思います」
「ええ。それと、ちょっとおばあさんの顔を見てきてもいいかしら」
「もちろんですよ。ささ、どうぞ。おばあちゃん! カリーナさんが様子を見に来てくれたわよ」
おばあさんの寝室へ案内してもらった。ベッドに上半身を起こして座っていたおばあさんはかなり痩せていたが、ニコニコと笑っていてまだ元気そうに見えた。
「こんにちは、おばあちゃん」
「ああ、こんにちは、カリーナ。ええと、そっちの人は誰だったかね?」
「マモルよ。今、アタシの店を手伝ってもらってるの」
「初めまして」
僕は軽く会釈する。
「そうかい。それはご苦労様だねえ」
「今日は痛み止めの薬草を持ってきたの」
「それはありがとう。でも、私のために薬を探そうとしてるなら、やめとくれ」
おばあさんがはっきりとした声で言った。
「ええ? なんで?」
「抗がん剤は高いと聞いてるよ。それに、カリーナは忙しいだろう。老い先短い私のことより、他の人達を手伝っておやり」
「おばあさん……」
「良いんだよ。治らなくたって。もう長い付き合いだからね、この病とは。付き合い方くらいは私も心得てるさ。それに、もういつお迎えがきてもおかしくない歳さね。長生きもさせてもらったし、孫の顔も見れた。充分さ」
「……」
カリーナは何か言おうとしたが、サバサバとしている彼女もこれはさすがに言葉に詰まってしまったようだ。
「でも、気を遣ってくれてありがとう、カリーナ。マモル君も」
「「 はい 」」
「それじゃ――ケホッ、ゲホッ、ゲホッ、ゼーゼー」
急に咳き込んだおばあさんはかなり苦しそうだ。
「お、おばあちゃん!」
エミが僕を押しのけて駆け寄り、おばあさんの背中をさすった。
「大丈夫、問題ないよ、大丈夫だ、ちょっと咳き込んだだけだから」
「でも……だんだん酷くなってるし、顔が青いわ、おばあちゃん」
「まあ、だんだんとお迎えが近くなっているということだろうね、それは」
「おばあちゃん……うう」
エミが泣き始めてしまい、心が痛い。僕は言った。
「おばあさん、もし、どうしても苦しいのが我慢できないようなら……別の方法があるかもしれません」
僕がおばあさんを噛んで吸血鬼病に感染させれば、あるいは――。吸血鬼病は痛みも耐えきれないレベルだと、ある程度軽くなるという作用もあるのだ。
「いいよ、気にしなくたって。人には寿命があるからね。それは薬でどうにかするようなものじゃないんだよ。苦しいのだって、生きてる証拠なんだ、我慢もするさね」
「そうですか」
おばあさんが望んでいない以上、吸血鬼病を使うのはやめておいた方が良さそうだ。牛乳を欠かさず飲まないといけなくなるし、感染にも気を遣う羽目になる。これはこれで色々と問題があった。
「じゃあ、またくるわね、おばあさん」
「はいはい」
「お邪魔しました」
部屋から出る。
「あの、なんだか、お二人ともすみませんでした。おばあちゃんの病気がそう簡単に治るはずもないのに、私、あまり考えて無くて……。これ、せめて気持ちだけでも受け取ってください」
エミが銅貨を数枚、差し出そうとした。
「ダメダメ、依頼失敗で金を取ったなんて知れたら、アタシの名折れだよ。その金は受け取れない」
カリーナが腕組みをして頑とした態度できっぱりと言う。
「でも……」
エミとしても心苦しいものがあるだろう。僕はそれならと、先送りにすることを提案してみた。
「じゃあ、この依頼はまた今度、継続ってことで。もしかしたら良い薬草や薬が見つかるかも」
「そうね、マモルの言うとおりだわ。まだ諦めるには早い!」
クロード医師の忠告が無駄になってしまったが、それでも僕らは薬を探し続けるだろう。
「はい。じゃあ、見つかったらよろしくお願いします。その時にはきちんと報酬を支払いますので」
「うん、任せて!」
カリーナは自信満々で簡単に引き受けてしまったが、まあ、いいか。
エミとおばあさんの家を出たところで、僕は言う。
「カリーナ、薬草分のお金はもらっても良かったと思うけど」
「ダメダメ、あれはホラ、善意ってヤツよ。お金のために持ってきたわけじゃないし」
「ええ? それじゃ、この仕事、全然儲からないんじゃないの?」
「そんなことはないけど、あのさ、マモル、何か誤解してるようだから、この際、はっきり言っておくけど、アタシは自分がやりたいと思うからやってるわけ。それでみんなもアタシにやって欲しいと思うからお金を出してくれる。
なんて言うかな、お金が先じゃないのよ。お金だけたくさん儲けても、アタシが嫌でみんなも困ったままだったら、何の意味もないじゃない」
「それは……」
カリーナの気持ちや心意気は分かるのだが、そうは言っても彼女にも生活があるだろう。
僕がその点を考えあぐねていると、彼女がニッコリと笑った。
「じゃ、帰ってご飯の支度にしましょ。ワラビや紫蘇やら、食べられる山菜も一緒に集めておいたから、今日は天ぷらで!」
「いいね、賛成!」
僕もそれには異議を唱えず、すぐに賛同する。今日の夕飯が楽しみだ。
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