第11話 薬
「とうちゃーく!」
スカイウォーカーを軽快に乗りこなしたカリーナは、前に僕が彼女の体にしがみついて変なところをつかんだ事があったせいか、このところは安全運転だ。ありがたい。二人で砂利道を歩いて平屋の病院に向かう。ここは白い
「クロード、いるー?」
カリーナはノックも無しでドアを開けて中に入った。
「む」
うえ、ジョージがいた。灰色のつなぎを着た大柄な彼は、僕を見るなり鋭い目をしてのっしのっしと早足でやってくる。ヤバイ。
「ちょっと待った。ジョージ、今日はマモルの事で来たんじゃないわよ。エミさんのところのおばあちゃんの病気についてクロード先生に聞きに来たんだから」
カリーナが言う。
「……先生は、診察室だ」
ジョージが少し考えた後、ぶっきらぼうに教えてくれた。
「ありがと。クロードぉー! 聞こえてるんでしょ!」
「まったく、聞こえてるぞ、カリーナ、騒々しい。病院で大きな声を出すな」
診察室では、僕をコールドスリープから出してくれたあの医者が、冒険者の腕に包帯を巻いているところだった。
「これでよし。治療代は五十ゴルドだ」
「高いな。三十に負けてくれ」
治療してもらった冒険者が言う。
「四十だ。これ以上はびた一文負けてやらないぞ」
「チッ、儲けてやがるくせにケチくせえな。まあいい、じゃ、これでいいな」
「ああ。毎度」
冒険者から銅貨を受け取る医者だが、治療代の値切り交渉が成立しているなんて、凄い時代だ。僕はなるべく怪我をしないようにしようと心に誓う。
「いいぞ、カリーナ。そこに座れ。話を聞いてやろう」
クロード医師が言う。
「次の客はいいの?」
「ジョージ、待合室に誰かいるか?」
「いない」
「じゃあ、問題ない。エミん家のばあさんの病気だったな」
クロード医師が言うが、話は全部筒抜けだったようだ。
「ええ。治せないの?」
「ありゃあ、無理だ。癌だからな。抗がん剤のいいのがあれば別だが、手の施しようがないぞ」
「診察したのね?」
「ああ、とっくにな。時々、痛み止めの薬をエミが買いに来るが、どれだけ効いているやら」
「手術はどうなんですか?」
僕は聞いてみた。
「無茶を言わないでくれ。マモル君の時代ならいざしらず、手術室は見ただろう。掃除はするが滅菌さえできない不衛生な場所だ。下手に腹を開けば、感染症になる。それに、ばあ様ももうお迎えがいつ来てもおかしくない歳だ。体力も持ちゃしないし、腹を開けたところで、病巣があちこちに転移してるだろうから、ただの藪医者には手が余るだろうね。手術が万事上手く行ったとしても完治させるのは無理だ」
「そうですか……」
「クロード、どうにかならないの?」
「ならん。オレに言われても困るぞ。それよりカリーナ、お前さんが抗がん剤でも探してこい。それか痛み止めの強い薬だ。それがあれば、少しはマシになるだろうよ」
「抗がん剤か……この近くには薬の工場の遺跡もないし、病院の遺跡もないわ。トレジャーハンターが持ってるかもしれないけど、とてもアタシ達には手が出ない値段を付けてくるでしょうね」
「そうだろうな。この時代じゃ合成できない貴重品だ。貴族様でもなけりゃ、買えやしないよ」
クロード医師が結論を言うと、診察室に沈黙が降りた。
「よし! 痛み止めの薬草を採りに行きましょ。その後で抗がん剤を探す」
カリーナが明るく前向きに言った。
「カリーナ、一つ忠告だ。お前が抗がん剤を探すのはいいが、エミやばあさんに見つけてくるからなーんて安請け合いの約束はするなよ? 抗がん剤は種類も多いし、完治に必要な分量も様々だ。たとえ一つ見つけたって、それで治るとは限らん。下手な希望ほどたちの悪いものはないからな。そんな物にしがみついたあげく、ダメだと分かったときには余計に辛くなるだけだ」
クロード医師が気難しそうな顔で言う。
「分かった。でも、アタシは探すから」
「フン、勝手にしろ。じゃ、用件がそれだけなら、もういいだろう。さっさと帰った帰った」
クロードはよりいっそう不機嫌な顔になり、蠅でも追い払うように手を振った。
病院を出ると、カリーナが振り向いて悪態をつく。
「あんの藪医者、金にならない事には全然やる気を出さないんだから」
「どうだろうね、それなら抗がん剤の話もしなかったんじゃないかな」
街の人間はクロード医師をケチだのなんだのと言っているが、病院を経営するからにはそれなりの費用もかかるはずで、さっきのカリーナへの忠告もクロード医師が患者を気遣ってのことに思えた。
「そうかしら。とにかく、痛み止めの薬草なら私も詳しいから、さあ、行くわよ!」
カリーナが気合いを入れてスカイウォーカーを飛ばす。僕も薬草集めなら役に立ちそうだ。やる気を秘めて、前を見据える。その視界の上方には、日が高く昇った空が青く青く広がっていた。
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