第4話 難病

(注意 今話は、グロい描写と暴力描写が出てきます)

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「ハッ、聞いたか。そこのひょろいのがオレ様の相手をするだとよ!」

「馬鹿ですねえ、兄貴の実力が分かっていないのですよ」

「そうだそうだ。兄貴のワンパン食らって、立っていられる奴はいないんだゾ?」


 巨漢と眼鏡と小柄な三人組が僕を見下して言うが、僕の実力を知らないのだからそれも当然か。


「前置きはそのくらいでいいですか? なら、始めましょう」


 それでも僕がスタスタと無防備に近づくと、さすがに不気味に感じたのか、三人組が一歩後ろに下がった。


「どうしたバッカー、やるんじゃなかったのかよ」

「ビビってんのか?」


 集まってきた街の野次馬がけしかける。


「ふざけるな! 誰がこんな小せえ野郎に」


 バッカーが茹でダコのごとく顔を真っ赤にしていきり立つと、ついに本気になったようで重い右ストレートを放ってきた。


 僕の顔面に大きな握り拳が迫る。


「ぐふっ!」


「ちょっと!」


 強い衝撃によって僕の体が半回転しながら後ろに吹っ飛び、地面に投げ出された。

 目の前が緑色になって、チカチカ、クラクラする。

 ふう、効いたぁ……!


「ああん? なんだ、てんで弱えじゃねえか」

「あんな口を叩くから、少しはできるのかと思っちゃいましたよ、ええ」

「ハッハー、弱え弱え!」


 三人組が僕を小馬鹿にする中、カリーナが助け起こしてくれた。 


「大丈夫?」


「まあ、気にしなくても大丈夫です」


「ええ? でも、マモル、口から血が出てるよ?」


「全く問題ないですよ。ああでも、バッカーさん、僕の口はもう殴らないでください。病気が移るといけませんから」


「うるせえ! オレは生まれて一度も風邪は引いたことがねえんだ。健康でオレの右に出る奴はいねえぞ。それこそ要らぬ心配だッ!」


 再び殴りかかってくるバッカーの拳を受け止めようとしたが、防ぎきれない。


「ぐっ」


「オラオラァ!」


「よしなっ、ええ?」


 カリーナが僕をかばって前に出ようとするが、それを僕は手で制止する。


「面白え、マモルとやら、その根性だけは認めてやる。だが、これで終わりだ!」


 彼女の前に立った僕に、バッカーが腕を振りかぶって突進してきた。

踏み込んでからのアッパー。それをまともにあごに食らい、僕の体は宙を舞った。


「マモル!」


 ザクッ!


 あらら?


「た、大変――!」


 倒れた拍子に僕のお腹に見覚えのある支柱が生えてしまった。どうやらこの店のハーブの植木鉢の上に運悪く僕は突っ込んでしまったようだ。幸い痛くなかったが、これで服は穴が開いてダメになったなぁ。


「むむ、そ、そいつが勝手に転んだんだからな!」


「そ、そうですとも!」


「兄貴、やべえよアレ、モロに刺さってるよ。腹を突き抜けちゃってるよ」


 三人組が狼狽うろたえるが、見た目と違って殺しまではやらない人達だったようだ。


「くそっ、ずらかるぞ、アッホー! トンチン!」


「イ、イエス! 兄貴!」「ヤ、ヤー! 兄貴!」


 三人が慌てたように、すたこらと逃げていく。


「フッ、勝ったな」


「いやいや、その状況で勝ったなんて言われても」


「あ、全然大丈夫ですよ」


「えぇ?」


 僕は手を伸ばしてカリーナに助け起こしてもらい、まずは腹の支柱を抜く。さすがに抜くときはちょっと痛かった。


「誰か、クロード先生を呼んできて! お金ならアタシが払うからって!」


「いえ、医者もいりません」


「何言ってるの、そんな深い傷で」


「すぐ治りますから。まあ、見ててください」


 すでに出血は止まっている。傷口を指で軽くつつくと、新しい肉が盛り上がり、薄皮ができ始めているのが分かった。


「そんな、傷が塞がっていく!?」


 カリーナが自分の目を疑うような顔で僕を見ているが、VANP(ウイルス性ミトコンドリア活発過剰症)って、この異様さもあるから隔離されちゃったんだろうなあ。



 ――俗称、吸血鬼病。


 牛乳の摂取をおこたると、人の血を吸いたくなる衝動に駆られて他人を襲う羽目になる。ま、僕はグロいのとレバー苦手だから猛烈にトマトジュースが飲みたくなる程度なんだけど。


「ね、もう治ったでしょ?」


 僕は微笑むが、ちょっと物悲しい顔になっていることだろう。

 体の傷は完全に治癒して見分けが付かなくなっている。たったの数十秒でこれだ。


 欲しくなんかなかった奇跡。


「ええ、本当だわ……」


 カリーナが僕のお腹を指でつついて、完治を確認した。野次馬達は静まりかえり、この様子だと誰もこの病気のことは知らないようだ。知ってたら悲鳴を上げて逃げたりするし。


「良かった!」


「うわっ!?」


 カリーナが急に抱きついてきたので僕はびっくりした。


「今回は良かったけど、無茶なんてしちゃダメよ?」


「はあ、いえ、別に無茶ってわけじゃ」


「ダメダメ、だいたい、服も周りも血だらけにしちゃったじゃない」


「申し訳ないです、女将さん」


 飲食店で流血沙汰なんてどこの店でも願い下げだろう。おまけに吸血鬼病患者の血だ。僕はこちらを覗き込んでいる店の女将さんに謝った。


「別に良いよ。鉢植えの一つや二つ。掃除すりゃ問題ない。そんなの気にするような奴は初めからうちなんかに来やしないよ。そうだろう、アンタ達!」


 女将さんが周りの野次馬に向けて問う。


「はは、違いねえ」


「何が入ってるか分からねえしな」


「ちょいと、おかしなものが入ってるような言い方はやめとくれ。アタイの真心以外、変なものは入れちゃいないよ。じゃあ、ここはいいから、カリーナ、その子に新しい服を見繕ってあげな。その格好で歩かれたら、みんなギョッとしちまうよ」


「そうね。じゃあ、服を買いに行きましょう。ごめん、そういえば君の靴もまだだったわね」


「なんで……」


 なぜ、みんなそんなに親切にしてくれるのだろう。


 僕は不思議な、それでいてどこか心地よい感覚を味わいながら、カリーナに手を引かれていた。


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次話は本日19時投稿予定です。良かったらフォローなどよろしくお願いします!

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