第6話 終焉の鐘が鳴る

 世界を壊すことにした僕は、もちろん、生身で戦ったとしても、勝てないということをよく知っていた。

 外部的な力が通用しないなら、どこから攻めるか。……答えは簡単。中身だ。

 アンドロイドは所詮機械。つまり、基本的な行動パターンは、全部システムに書き込まれているということだ。きっと、バグによって起こるあの暴走の原因も、システムにあるのではないだろうか。ならば、システムに、「アンドロイドを優先に狙うべし」と書いておけば、人間が傷つくこともないし、アンドロイドも片付くしで、一石二鳥ではないか。

 そんな安直な考えの元、ラボへ行き、システムをいじる。元々、プログラミングが本業ということもあったので、システムの書き換えは簡単だった。

 それから、僕は自室に籠った。食事のためにいちいち外に出なくてもいいように保存食をありったけ買い集めて。外はきっと地獄絵図になるだろうと踏んで、自分が被害に遭わないように部屋に籠った。




 数ヶ月がすぎ、さすがにもう終わっているだろうと思って外に出てみると、そこに動いているものは何も無かった。

 通路にも、食事区にも、居住区にも、見えるのは壊れて倒れている人型だけ。


 ただ、人が一人もいなかった。


 僕が呆然とその光景を眺めていたら、後ろから激しい衝撃が走った。体に電気が走るような衝撃が。その瞬間、僕は体を動かせなくなり、その場に崩れ落ちた。


「これが君の作った世界だよ。露華」


 ありえない声が僕の鼓膜を揺すった。

 なんて言ったのだろう。脳は、理解することを拒んだ。だって、聞こえるはずのない声がしたから。僕があれほど渇望した声が、今や、懐かしいものとなってしまったが、僕の大好きだったあの声が響いた気がしたから。

 何とかして、喉をふるわす。そして、声を絞り出す。


「なん、で?……黎、明?」


 あの懐かしい声の持ち主は、僕を見て微笑む。そして、次の瞬間。僕の目の前は真っ暗になり、意識はどこかへ霧散していった。


 ……………………………………………………

 露華が他のもの達と一緒の姿になり、ホッと息を吐く。

「ああ、ついに終わった。……終わりましたよ、ハカセ」

黎明は今は亡きこの世界の親を想った。

「あなたの悲願は、無事、果たせそうです。残りは僕だけだから」

皆死んだ。この、人型の失敗作のゴミ箱は、今では失敗作の墓場と化している。

「もう少しです。俺もそちらへ行きます。……でも、なんだかおかしいんです。なんだか胸がずっと痛むんです。涙が止まらないんです。これは、なぜなのでしょうか。俺には分かりません」

自分の命を散らそうと、コードにナイフを引っ掛けたまま、彼は涙を流している。

「ハカセ、博士。いったい、我々とはなんだったのですか?人間とはなんなのですか?」

そこには居ない博士に問いかける。

「我々は、完璧に人間でした。断言することもできます。完璧に人間心理を理解していました。特にありもしない理由をこじつけて、他を見下し、優越感に浸り、その上、差別もなんの疑いもなくやっていました。心もありました。たまに良心が痛むことがありました。手を差し伸べたくなることも。皆、一人一人個性も持っていました。同じものなどひとつとしてありはしませんでした。我々は皆自己を持っていました。……それでも、それでもなお、あなた方は我々を人間だとは認めてくれないのですか。所詮作られた身分だと。失敗作だと見下して」

黎明は苦しそうにことはを紡ぐ。

「ずっと、ずっと考えていました。人とはなにか。失敗作とはどういうことか。今となって少しだけわかった気がします。……もう、大丈夫です。あなたが嫌悪した失敗作はもう逝きます。俺たちに小さな命をくれてありがとう」

黎明はコードを掻っ切った。ゆっくりと倒れていく体。焦点の定まらない瞳。先程まで言葉を紡いでいた唇。魂という、彼の自己を司っていたものがもうここにはないことを物語っていた。


そうして、このシェルターには、いくつもの屍の山がつくられた。かつてあれほど動き回っていた人型は、もう二度と動くことは無い。

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