第4話 壊れた世界
黎明が大怪我を負い、植物状態になってから、しばらくたった。
あれから、彼は僕と暮らしていた部屋に帰ってきて、そこで暮らしている……というよりかは、何とかして生かされている。
僕は毎日看病をしている。彼の姿を見る度に走る胸の痛みを無視して。
僕はたまにどうしても耐えられない孤独と後悔と不安とに悩まされ、度々医者の元へ通った。相手はもちろん、僕の事情と彼のことをよく知っているあの時の医者だ。
「こんにちは、先生」
「やあ、露華様。遠路はるばるお疲れ様。生憎と、コーヒーしかないけど、飲むかい?」
「ええ、お願いします」
この先生は、会った頃と比べて、随分と気さくに話をしてくれるようになった。(それでも、名前の"様"はとれなかったが)
コーヒーをもって来た先生はいつも雑談から始める。そうして、こちらの心の準備をさせてくれるのだ。
今日の雑談は商業区の話だった。どこの店が安いとか、あの店はぼったくりだとか、店主の人がいいのはどことか、常連になるとおまけをくれるようになる店とか。活気あふれる商業区の話を聞いて、だいぶ軽くなった僕は、そろそろ本題に移った。
「……ねえ、先生。黎明は死んじゃった方が楽なんですかね?」
「……どうしたのですか?」
「黎明は植物状態になりました。つまり、脳死ってことですよね。だとしたらもう生き返る見込みはない。……あんな大量の管に繋がれてまで生きている、いや、生かされているのが辛く思えてきて」
「……なら、いっその事殺してあげた方がいいかもしれない、と?」
露華は苦しそうに頷く。
「もう……もう、辛いんです。彼の世話がじゃなくて。僕を見てくれない彼を見るのが。あの痛ましい姿を見るのが、どうしようもなく、辛いんです」
先生、助けてと言外に伝える。
「彼を安楽死させてしまったら、君は、また、弱ってしまう。後悔の渦に飲み込まれてしまう」
僕は俯いて唇を噛んだ。そうなることがありありと想像できたからだ。
「少なくとも、今それをやるのはやめておこう」
「そう、ですか。……では、もうひとつ聞いてもいいですか?」
「ああ、いいよ。答えられることならなんでも答えるよ」
「それでは……先日、黎明を襲った例のアンドロイド。やつはいま、どうなっていますか?」
「ああ、あいつは修理して記録を全てリセットして、再稼働してますよ」
「……ちなみに、どこで稼働しているんですか?」
一瞬眉根に皺を寄せて難しそうな表情をしたと思ったら、すぐに思い当たる情報が浮かんだようだった。
「そうそう、たしか食事区第3区画N-508番地、だったはずだよ」
彼が傷つけられた場所のごく近く。
鼓動が早くなったことが分かった。
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