第2話 僕らの平穏
金魚鉢をひっくり返した様なヘルメットを被り、片方は白、もう片方は黒を基調としたマントを羽織ったふたりが歩いている。
「ったく。服くらいあのままでもよくないか?どうせまたすぐに着替えるんだし」
「こーら。ぶつくさ文句を言わない。君は僕に砂埃を被った泥だらけの人間と一緒にご飯を食べろと言っているのかな?……ほんっと、そういうとこガサツだよねぇ。女の子に嫌われるぞ」
僕が軽口を叩くと、
「いや、女の子云々はどうでもいいんだけど。やっぱさ、面倒なんだよ。上から疲れて帰ってきて、装備を外すまではいいとして、そっからシャワー入って服着替えて……ってもうこれ外出たくなくなるパターンじゃんってなるんだよ!」
若干眠そうにしながら、彼は如何に着替えるのがめんどくさいかを熱弁した。
「……じゃあ、それなら女の子じゃなくて、僕に嫌われちゃうことになるんだけど、いいの?」
「あー、それは……困るな」
「でしょ?なら次からは僕に言われるまえにやってね。……返事は?」
「……善処シマス」
「ん?もっかい言ってみ?……ちなみに、返事は『YES』か『はい』かの2択だよ?」
「……はい」
「よろしい」
僕達は居住空間から続く長い廊下を歩き、エレベーターでさらに地下深くまで降りていく。
僕達が暮らしているこの街の広さは約8万平方キロメートル。かつてはシェルターと呼ばれていたが、今では都市と言って刺しつかえないほどである。地下といっても、全く光がない訳ではなく、太陽の光がある。と言っても、ここにあるのは人工の太陽だから、オリジナルは見たことも無いのだが。他にも、植物や動物なんかもいるが、それらも人工的に作られたものだ。もはや人工物ではないものなんて人間くらいのものでは無いだろうか。空気も、水も、食料も、全て人工だ。空気の汚染は地下にまで及び、こうして居住区を出る時は空気浄化ヘルメットをつけてないといけない。科学技術も地上に住んでいた頃よりも随分と発達しているようで、AIもほぼ人間と同じほどに会話ができるし、犯罪の5割がアンドロイドが引き起こしたものだという話さえある。もはや、人間なんていらないんじゃないかという説すら出てるそうだ。
そんな小さな世界で僕らは暮らしている。
ピロリンピロリン!ピロリンピロリン!
《食事区第3区画N-506番地で、And278号が暴走。市民は直ちに避難をすべし。なお、救援隊は至急、応援に来たれし。繰り返す、食事区……》
「はぁ?嘘だろ。チッ、なんで今日に限ってついてないんだよ。……つか、今月で何回目だ?あの機械共が暴走すんの。修理班は何やってんだよ。ふざけんな」
「まぁまぁ、言わんとすることは概ね同意ですけれど、修理班も一生懸命やっているんですよ?そう言っては可愛そうです。なんでも、最近は修理を嫌がる機体もあるとか……今回がそれでないことを願いますけどねぇ」
「おい、口調変わってるぞ」
「おっと、失礼……じゃなくて、ごめんよ。せっかく君と食事に出かけれるっていう珍しい日なのに、こんなことが起こるからねぇ。つい」
僕はそこまで沸点が低い方では無いし、アンドロイドの暴走についての知識も、許容も割と広いタイプだと思う。ただ、今日はタイミングが悪かった。今日暴走することだけはどうしても許せなかった。いつもならまたか、程度の反応で済んだのだろうけど、なまじ最近は黎明が疲れて食事どころじゃなかったり、僕が〆切に追われて修羅場になってたりして、なかなか時間を合わせることが出来ずにいたため、食事を一緒にとるのもほんとに久しぶりの事だったのだ。だから、そんな貴重な僕らの時間をぶち壊した落ちこぼれアンドロイドに僕はいつもの数倍憤りを感じている。
「まぁ、これも"いつもの事"だろ?仕方ないから行ってくるよ」
彼はそう言って僕を落ち着かせるように肩を叩いた。また今度埋め合わせをすると言って。
「その『いつも』、が多すぎるんだよ。最近はとくに。……じゃあ、行ってらっしゃい。気をつけてね」
この時見た彼の笑顔を僕は一生忘れないだろう。いや、忘れたくないのだ。
これが彼の笑顔を見る、最後の機会だとはこの時の僕は知らなかった。ただ、いつもどおりのアンドロイドの暴走。それを対処する人間。いつもの光景だとばかりに思っていた。だが、それは、違った。
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