第150話 扉の向こう側
すぐに戻ってこなかったマサキさんを軽く締めあげた後、扉の向こう側に進んだ私達を待っていたのは、意外な光景だった。
真っ暗な暗闇が広がる扉の向こう側に一歩足を踏み入れると、周囲の景色はガラリと変わり、淡い紫色の小さな花々が一面に咲き誇る広大な草原と雲ひとつない澄みきった青空が視界いっぱいに広がっていた。遠目には色鮮やかな紅葉に彩られた大きな木が見える。
「あれっ!? 外?? あの扉って出口だったの!?」
「びっくり。でも大迷宮の近くじゃなさそう? ここどこ?」
私の声に応えてくれたマリーちゃんが困惑した様子で辺りを見渡した後、可愛らしくコテンっと首を傾げた。
マリーちゃんの言う通り大迷宮の外ってわけじゃなさそうだ。どこなんだろここ? というか、この世界にきてこんなに綺麗な自然の風景を見たのって初めてかも……。
念のため入ってきた扉の方を見てみると、扉は消えることなく開いたままの状態で残っていた。
まさか……。某ネコ型ロボットのドア的なやつ……?
「なんだかすげぇ不気味なところだぜぇ……」
「お前と同じ感想なのは不本意だけど、こればかりは同意するしかねぇの……」
私達が目の前に広がる美しい光景に目を奪われているとウィル君とシィーが意味深なことを言い始めた。
(不気味? こんなに綺麗な場所なのに……?)
「はぁ〜? それはこっちのセリフだぜぇー。お前みたいなババアーと同じだなんて不本意にも程があるんだぜぇ」
「はぁああああ〜ッ!? このクソガキッ!! ふざけんじゃねぇの!! ハグレはこれだからキライなのっ!!」
「ちっ……。それもこっちのセリフだぜぇ。これだから里籠りのババアは……」
(ババアって……。べつに道中で年齢の話なんてしてなかったはずだけど。やっぱり妖精同士だと分かるもんなのかな? ……あっ。シィーがまたウィル君を叩いた)
「痛ってええぇぇぇ〜っ!! このババアッ!! やりやがったなっ!?」
「乙女に向かってババアなんて言うから悪いのっ!! また言ったからもう一発なのっ!!」
「ぶぇっ!?」
(はぁ……。ホント仲悪いなぁ。このふたり……)
ちなみにハグレは妖精の里から離れて暮らす妖精達の総称らしい。道中でシィーが教えてくれた。里籠りは……。まぁ、たぶん里に住んでる妖精達のことかな? 初めて聞く言葉だけどそんな感じだと思う。なんか悪口にもなってない気がするけど。
「マリー。 気をつけて。ここは異様なのです……」
「ん? フィーちゃん。どういうこと?」
「ホントどういうこと? ここって外じゃないの?」
「ごめんなさい……。私も場所まではわからないのです。でも周囲から一切の自然エネルギーを感じとれないのです。草や花がこんなにたくさん芽吹いているのに……」
「自然エネルギー? シィー。自然エネルギーってなに?」
フィーちゃんの話してくれた内容がいまいちピンとこなかったので補足してもらおうとシィーの方に顔を向けると、いつの間にか2人の争いはさらにエスカレートしていた。
「うにぃ〜っぎぃっぎぃっぎぃ!! このクソガキィめえええええ〜っ!!」
「にぃ〜っぎぃっぎぃっ!! 離せよっ! このクソババアあああああ〜っ!!」
お互いを罵り合いながら両手で頬っぺたをつねり合うシィーとウィル君。
ふたりの頬っぺたは真っ赤に腫れ上がっている。
そんなふたりの様子を側から眺めていたセレンさんは、呆れた様子で顔を左手で覆い、軽く横に振った。
「ウィル……。ホントにもういい加減にしてよ……。まだここがどこなのかも分からないのよ? あんたがそんなんじゃ一緒にいるこっちまで恥ずかしくなってくるじゃない……」
「はぁ〜っ!? だってこいつがっ!!」
「や〜い! 怒られてやんの! ぷぷっ! バーカバーカッ!! ざまあねぇのっ! べえぇ〜だっ!!」
「なあっ!?」
「はぁ……。シィーもいい加減にしなよ。っていうか、シィーのほうがウィル君よりずっとお姉さんなんでしょ? 自分より小さい子をそんな風に虐めて……。シィーは恥ずかしくないの?
「うぐっ。それは……。そうだけど……」
「ぷっ! お前も俺のこと言えねぇじゃねえか。ざまあ〜っ!」
「うぎぎぎっ……!」
「ああああん? なんか文句でもあんのか? このクソババア〜っ!!」
「ああああああああ──っ!! このクソガキっ!! また言いやがったのっ!! もうただじゃおかねぇのっ!!」
「はんっ! そりゃこっちのセリフだぜぇ〜っ!!」
あーあー。また始まっちゃったよ……。もうダメだこりゃ……。
「「はぁ……」」
セレンさんと溜息が重なったことに気がついて、私は思わずセレンさんの方へ視線を向けた。
セレンさんは私と目が合うと、透明感すら感じさせるエメラルドグリーンの綺麗な長い髪をかきあげながら苦笑いを浮かべた。
「あははは……。お互いホント苦労するわね」
どうやらセレンさんも今までウィル君と色々あったみたいだ。
「あはは……。本当にね……」
私が苦笑い混じりにそう答えると、セレンさんはニコっと笑みを返してくれた。
「あっ。そうだ」
そう言うと、セレンさんは私の元へゆっくりと近づいてきた。風にのってセレンさんからふんわりと甘い香りが漂ってくる。
この世界にはヘアフレグランスなんてなかったはずだけど……。なにか特別なケアでもしてるのかな?
「……ねぇ。もしよかったら今度一緒に食事でもどうかしら? 私あなたにすご〜く興味があるの」
「へっ……?」
妖艶な雰囲気を漂わせながら、セレンさんはジッと私の目を見つめる。
(えっ!? 食事!? どうして急に!? っていうかなにこの雰囲気……。ま、まさか……ね?)
セレンさんの身に纏う妖艶な雰囲気と唐突な食事のお誘いに面食らっていると、セレンさんがそんな私を見てクスリと笑みを溢した。
「ダメかしら?」
「う、ううん! 別にそういうわけじゃないんだけど……」
「ふふっ、じゃあ決まりね♪ 妖精と契約してる人族なんて珍しいから、チカさんに話を聞いてみたいなぁ〜って思ってたの♪」
「な、なんだそういうことかあ〜っ!」
あーっ! ビックリしたっ!! どうやら私の考えすぎだったみたい。そういえばアージェさんの時もそうだったなぁ……。深読みをしすぎるのは私の悪い癖だ。いけない。いけない。
「そういうことかって……。他にどういう意味があるのよ」
「いやぁ〜。その〜……。あはは……」
狙われてるのかと思いました。なんて本人に言える訳もなく。私が愛想笑いで適当に誤魔化していると、前にいたマサキさんが一瞬チラリとこちらを振り返り、ポツリと呟いた。
「……セレンさん。両方いけるらしいので気をつけたほうがいいと思いますけど……」
(ん? 両方いけ……る?)
「あーっ! マサキ〜? 人の恋路に口を出すのはよくないですよぉ〜?」
「いや。別にそんなつもりじゃ……」
「そんなことより向こうに見える大きな木まで行ってみませんかぁ〜? もしかしたら何かあるかもしれませんよ?」
「何かって?」
「ほら。例えば〜……」
「例えば……?」
「……デュランダルとか?」
「行ってみましょうかっ!!」
マサキさんはやる気に満ちた声でそう答えると、紅葉に彩られた大きな木に向かって颯爽と駆け出して行った。
「いやいやいやっ! 恋路ってどういうことっ!? それにいま両方いけるって言わなかった!?」
「ん? チカさぁぁ〜んっ!! いま何か言いましたかあああ〜っ?」
「ほらっ! マサキっ!! 早く来ないと置いてっちゃいますよぉ〜? あっ、そうそう。私が先に見つけちゃったらデュランダルは聖剣として教会に奉納しちゃいますからねぇ〜?」
「えええええ〜っ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよっ! それじゃ話が違うじゃないですか!?」
「別に違くないですよぉ〜? だって私達がハート陛下から受けた依頼内容はぁ〜。聖剣デュランダルの捜索。ですからねぇ? デュランダルを見つけて王都に持ち帰りさえすれば、所有権を教会が主張してもなんら問題はないはずですぅ」
「そんなぁ〜……。それはいくらなんでもあんまりじゃないですか!?」
「そんなぁ〜……じゃないですよぉっ!! さっき縛られてた可愛そうな私を助けてもくれなかったくせに……っ! 自分だけ協力してもらおうだなんて虫が良すぎますよぉっ!!」
「うっ!! ……分かりました。そういうことなら俺も本気でいかせてもらいます!!」
「あっ! ちょっと待ってっ!! マサキさん!?」
私は慌ててマサキさんに声をかける。
マサキさんは私の声に反応して、チラリっとこちらに振り返った。よかった! 私の声に気づいてくれたんだっ! っと安心したのも束の間。
マサキさんはすぐに前に向き直り、イザベラさんの後を追って走る速度をさらに速めた。
いやなに無視しとんねん!! あの男はっ!! そんなにデュランダルが大事なの!?
「もうっ! マサキはどうしてあ〜いうことを言うかしら。これじゃチカさんが誤解しちゃうじゃない」
「えっ! 誤解なの!?」
「当たり前でしょ?」
「な、なぁ〜んだ! 私てっきり……。マサキさんも紛らわしい言い方するなぁ〜……」
「ふふっ、この世界では割と普通のことなんだって、マサキにはちゃんと教えたつもりだったんだけどね。私の伝え方が悪かったのか上手く伝わってなかったみたい」
「へぇ〜。そうだったんだ」
「そんなことより私達も急いでふたりの後を追いましょ? ウィル達が話してた自然エネルギーのこともあるし、いまバラバラに行動するのは避けるべきだわ」
「うん! そうだね!」
「食事の話はまた後でね♪」
セレンさんはパチンっとウィンクをすると、風魔法を使ってふたりの後を追いかけていった。
「チカ……。いいの?」
セレンさんが走り去った後、マリーちゃんが心配そう目で私に声をかけてきた。
「えっ? なにが?」
「ううん。チカがいいならいいんだけど……。いこっ。アージェさん。マロンさん」
「へっ?」
「あ、あのっ! チカさん! 私とも今度食事に行きませんかっ!?」
「えっ? 別にいいけど……?」
「やった……っ!! 約束しましたからねっ! 絶対ですよっ!? いいお店予約しておくので楽しみにしててくださいねっ!!」
「う、うん」
なにいまのマリーちゃんの意味深な発言。それにアージェさんの様子もなんだか少し変だったような……? 気のせいかな?
私が首を傾げていると、マロンさんが真剣な表情で私を見つめて、「ご主人様……。私はノーマルなので、そちら側に引き込まないでください……」と懇願してきた。
「……えっ?」
「お願いします……」
そう言うと、マロンさんはペコリと頭を下げて逃げるようにマリーちゃんの後を追いかけていった。
なにいまの……? ノーマル……? そちら側に引き込まないでってどういう──。
「あっ……」
──この世界では割と普通のことなんだって、マサキにはちゃんと教えたつもりだったんだけどね……。
「あああああああ──ッ!?!?」
いやっ!! 誤解じゃないじゃんっ!!
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