第151話 紫苑咲き乱れる草原で
ぬああああああっ!! 私のばかああああ──ッ! なんでちゃんと人の話を聞いてないんだああああああ──っ!!
心の中で絶叫をあげながら、私は頭を抱えてその場にうずくまった。
「ううっ……。なんとかして誤解をとかないとこのままじゃ大変なことに……。あぁ~。帰ったらどうしよう……。憂鬱だ……」
小さい頃から、人の話はちゃんと聞きなさい? ってママにも言われてたのに、なんで聞いてないかなぁ~っ!! 私はっ!!
視界に映る草花をただ呆然と見つめながら。王都に帰ってからのことを想像して目まぐるしく思考を巡らせていると、突然シィーとウィル君が私の足元に滑り込んできた。
「ひゃっ!」
シィー達の予期せぬ行動に驚き、私の口からおもわず声が漏れる。
「なんだシィー達か。ビックリしたぁ……。もうっ! 急になんなのっ!?」
ふたりは私と目が合うと、あらかじめタイミングを合わてたかのように、揃ってニンマリとした邪悪な笑みを浮かべた。
「もう付き合ってあげたらいいと思うのっ! ふたりとも凄く良い子だし、私もチカのためなら協力を惜しまないのっ! しっしっし……ッ!」
「ぷくくっ……。俺も協力するぜぇっ! 契約者のセレンのためだからなっ! しっしっし……ッ!」
言ってる言葉とは裏腹に、頬をピクピクさせながら、憎たらしいほど顔をニヤつかせるシィーとウィル君。
この妖精共めぇ~……っ! 絶対いまの私の状況を楽しんでるよね!?
私は目を細め、如何わしさ満点のシィー達をジッと見つめて。
「……それで? 本当はどう思ってるの?」
「ふひっひっ! なにがなんだか分からないけど、面白いことになってきたのっ!!」
「だなっ! これからどうなるのか楽しみで仕方ないぜぇっ!」
「でしょ~ねっ!! どうせそんなこったろうと思ってたよっ!!」
(まったくっ! さっきまで頬っぺたをつねり合ってたくせに、ずいぶんと仲良くなったもんだよっ!!)
ニマニマした笑顔を向けてくるふたりに、乾いた笑みで答えてから、私はどんよりした気持ちでゆっくりと顔を上げた。
「はぁー。もう考えるのやめよ。どうせすでに手遅れだし……。それに今は先にいったみんなを早く追いかけないといけないし」
私は大きな木の方角に視線を向ける。
草原の緩い下り傾斜の先で、木の根本付近に到達するマサキさんの姿が視界に映った。少し後方にはイザベラさんの姿も見える。
どうやら私のことを無視して走り去っていった薄情なマサキさんは、支援職のイザベラさん相手に本当に本気をだしたらしい。
まだ安全かも分からないっていうのに、支援職のイザベラさんをおいて先にいっちゃうなんて……。ホントどんだけデュランダルが欲しんだよ。あの遊者は……。
んっ? っていうか今気付いたけど、いつの間にかみんなとけっこう距離があいちゃってたんだ。セレンさんとマリーちゃん達ももう半分ぐらいまで進んじゃってるや。
体感ではそんなに時間が経ってる気はしなかったんだけどなぁ……。
取り乱して周りが見えなくなっていたことを気がつき反省しつつ、私はゆっくりと立ち上がった。
「……まっ! 私にはこの靴があるからなんの問題もないんだけどねっ!」
みんなから視線をはずし足元の靴を少しだけ見つめてから、私は地面を軽く蹴って空中に飛び上がった。
「さーてとっ! 早くみんなに追いつかないとっ!」
──
─
私は大きな木を目指して飛行しながら、両手を上げて、緊張で凝り固まった筋肉を伸ばすようにぐぅ~っと背筋を逸らし、ゆっくりとノビをした。
「んん~……。 はぁ~っ! やっぱり空を飛ぶのは気持ちいいなぁ~♪」
この風を切るようなスピード感と爽快感はクセになりそうだ。
「ホント最高~っ♪」
元の世界にいたバイクに乗るのが好きな人達とか、スカイダイビングが好きな人達もこんな感覚だったのかな? こんなことになるなら元の世界にいるときに挑戦しておけばよかったなぁー。
「あっ!! シィーっ! そういえばさ。自然エネルギーってどんなものなの?」
ふと自然エネルギーのことを思い出した私は、猫耳パーカーのフードの中に潜っているシィーに向かって声をかけた。
頭の上でシィーがモゾモゾと動く感触がした後、猫耳パーカーのフードが僅かに上へと捲られる。
「んん~っ? あぁー。そこら中でキラキラ光ってるやつのことなの!」
「そこら中でキラキラ?」
「そうなの! ん~と。たしかぁ~……。私が小さい頃に聞いた話だと、自然エネルギーを体内に取り込み、循環させることで私たちが生きるために必要な精霊力へと変換してるって聞いたことがあるのっ!」
(だからシィーは自分で飛ばずに猫耳パーカーの中に潜ってるのか……)
「ん? ということはこの場所だと精霊魔法は使えないってこと?」
「ん~っ! いやっ! この草原でも問題なく飛べたし、たぶん使える思うのっ! けど……」
「けど?」
「自然エネルギーがない環境で精霊魔法を使ったことなんて今までなかったから、正直あまり使いたくねぇの」
「あっ! ……ごめん。それはそうだよね。精霊力の源になってるエネルギーがない環境で、もしなにかあったらシィーの命に関わるかもしれないもんね……」
「いやいや……。それは流石に大袈裟に考えすぎなの……。せいぜい人間達でいうところの魔力枯渇と同じような症状がでる程度だと思うのっ! ……多分」
「多分じゃダメじゃない!?」
「あはは……。ま、まあっ! 精霊力の消費には十分気をつけるから大丈夫なのっ!」
「本当に大丈夫なのー? あまり無理しないでよ? ……でも妖精達の命の源かぁー。自然エネルギーって生命力みたいなもんなのかな?」
「ん~? 厳密にはちょっと違うようなぁ……? まぁ。でもきっと似たようなもんなのっ!」
「似たようなもんって……。生きるために必要なものなんでしょ? そんな適当な感じでいいの?」
「だってそんなこと言われても困るのっ! だいたい自然エネルギーなんて本来どこにでもあるようなものだし、自然エネルギーとはなにか? なんて考えたこともねぇのっ!」
「どこにでも? じゃあ家の中とか……。あっ。迷宮の中とかでも?」
「ピンポンピンポーン♪ その通りなのっ!」
「ん~? じゃあ生命力とはまた違うのかな? でもそれがないって……。ここってホントどこなんだろ?」
「そんなこと私に聞かれても困るのっ! ……って言いたいところだけど。たぶんまだ迷宮の中だと思うの」
「ここが迷宮の中?」
私は周囲を見渡す。
視界いっぱいに広がる紫色の小さな花。周囲には魔物の姿も見当たらない。まさに平穏そのものといった様子だ。
……ん? 魔物の姿が見当たらない?
基本的に魔物は、動物とかと同じで安全な場所で繁殖し数を増やす性質を持っている。冒険者ギルドが街や街道付近に生息する魔物の討伐依頼を毎日出してるのもそれが理由だ。討伐しないで放置していると数がどんどん増えてしまい、最終的には手がつけられない状況になってしまうらしい。
まぁ。とは言っても、森とか草原のように広大な場所なら、自然界の食物連鎖のようなサイクルが魔物同士でも出来上がるから、異常繁殖でもしない限り特に問題になることはないみたいなんだけど……。
「こんな広大な草原に魔物が1匹もいないなんてありえなくない?」
強い魔物が縄張りにしてるって可能性もなくはないけど……。あれだけ騒いでも出てこないことを考えるとその可能性は低そうだ。
「はぁ……。まさか今頃そんなことに気づいたの?」
「むぅー。何もそんな言い方しなくてもいいじゃん……」
「そもそもここが迷宮の中なんじゃないかって私が思ったのは、そんな当たり前のことが理由じゃねぇの」
「えっ? 他にも何かあるの?」
「妖精の里であれだけ騒いでたのにまだ気づかないの? まったくしょうがない契約者なのっ! 私がいないとなぁ~んにもできないんだからっ!」
ウィル君が一緒にいるせいか、シィーがいつもに増してすごくうざい……。
フードの中にいるからシィーがどんな様子かは分からないけど、声の調子から得意げになってる様子が目に浮かんだ。
そういえば初めて妖精の里に行ったときも他の妖精達の前ではこんな感じだったなぁ……。
「もうホントやんなっちゃうのっ!」
「ふ~ん……。そんなに嫌ならティターニア様と交代する? 私から話してみようか? ティターニア様なら喜んで交代してくれると思うけど」
「わわっ!! じょ~だんっ! じょ~だんなのっ!! 毎日が刺激的で最高に楽しいのっ! あぁ~っ! チカと契約できてホントよかったーっ!」
「もー。ホント調子がいいんだから……。それで? どうしてシィーはここが迷宮の中なんじゃないかって思ったの?」
「そうっ! 重要なのはそこなのっ! なんとこの草原には魔物どころか、生き物が虫1匹存在してないのっ!」
「あっ……。言われてみれば確かに……」
通りで快適なわけだ。妖精の里では口の中に虫が入ってえらい目にあったもんなぁ……。
「それに……。この紫色の花っ! こんな花っ! 私は今まで見たことねぇのっ!」
シィーはフードから飛び出すと、草原に咲く紫色の花を一厘もぎとり、花を持ちあげたり、顔を左右に傾けながら物珍しそうな様子で紫色の花を観察し始めた。
一方、私は今のシィーの話に疑問を抱く。
っというのも私はこの薄い紫色をした小さな花にすごく見覚えがあったからだ。
「いや。その花って──」
「ぶわぁっはっはっ! バッカだなぁ~っ! それはヴァ・ルージュの花だぜぇっ! 里籠りの妖精はそんなことも知らねぇのか?」
私が頭の中に浮かんだ疑問を口に出そうとしたその瞬間、フードの中にいたウィル君が小馬鹿にしたような口調でシィーに噛みついた。
シィーはムッとした顔をして私の頭の上に飛んでいく。
「バァ~~~カァっ!! ヴァ・ルージュの花は青色ですぅ~っ! こんな色してませぇ~ん! そんなんだからハグレはバカにされるのっ!」
「なんだとぉ!? もう一度言ってみやがれぇっ!!」
「何度でも言ってやるのっ! バァ~~~カァっ!!」
(まぁ~た始まったよ……)
「はいはい……。お互い悪口言ったんだから今回はこれでおあいこね? まったく。もうホントいい加減にしてよ……」
言い争うふたりを軽くなだめた後、私は先程思い浮かんだ疑問をシィーに聞いてみることにした。
「さっきの話に戻るけど。シィーが持ってるその花って紫苑でしょ?」
「シオン?」
「うん。私むかしね。近所の花屋さんでバイトしてた時期があってさ。その時によく来てくれた常連のお爺ちゃんがその花が凄く好きだったんだよね」
いやぁ~。懐かしいなぁ。亡くなったお婆さんのために毎月お花を買いに来る優しいお爺さんだったけ……。
「ばいとぉ~? んっ~! なんだかよく分からないけど。この花が別の世界の花だってことだけは分かったのっ! ……ん? じゃあここはチカがいた世界なの?」
「いやぁ~。たぶん違うんじゃないかな?」
「どうしてそう思うの?」
「だってミリアーヌさんは元の世界に戻すことはできないって言ってたし……」
「そんなの嘘かもしれねぇのっ!」
「あー……。それは確かに一理あるかも」
「絶対そうに違いねぇのっ! 私の第六感がビンビン反応してるから間違いねぇのっ!」
「第六感ねぇ……」
(でもシィーの言う通りかも……)
シィーの第六感の信憑性はさておき、ミリアーヌさんが私に何か隠し事をしているのは、ティターニア様の話を聞く限りほぼ間違いないと思う。
……だってこの世界に数百年間不干渉だったのに楽しみたいからって理由で、突然私を連れてくるなんてどう考えても変だよ。
なにか目的があって私を連れてきた。そう考えたほうがよっぽどしっくりくる。
──もし。仮にそうだったとしたら。
出会った時にミリアーヌさんが言ってた元の世界に戻せないって話もかなり怪しくなってくる。
だってそうでしょ? 何か目的があって私をこの世界に連れてきたのなら、わざわざ連れてきた相手に本当のことを話す?
元の世界に戻そうと思えばいつでも戻せますよ! って?
……そんなこと話すわけないよね?
私がミリアーヌさんなら絶対に話さない。話したところで揉めるだけだもん。デメリットしかないじゃん。
って私は推測してるんだけど、実際のところどうなんですかね? ミリアーヌさん。
ふむっ。返事はなしか……。
どうせ今も私の様子を覗いてるんでしょ? そろそろ本当のことを話してくれてもいいんじゃないかな?
ほらっ!! いま本当のことを話せば怒らないかもよっ? チャンスだよっ!?
だめか……。おっかしぃなぁ~。絶対見てると思ったのに……。
「ねえねえ。ちかぁ~」
「ん?」
「あれ……」
私が頭の中でミリアーヌさんに語りかけていると、シィーが目をパチパチさせながら唖然とした様子で下の方を指差した。
私はシィーが指差した方向に視線を送る。
セレンさん達だ。
色々と考えている間にいつの間にかみんなに追いついてたらしい。けど。なんだか皆の様子が少しおかしいような……?
「……皆どうしてずっとこっちを見てるんだろ?」
私の視線の先で、アージェさんとセレンさんがその場に足を止め、私達を見上げたままポカーンと口を開けて固まっていた。
まるで、信じられないものを見たっ! とでも言いたげな表情だ。
「ん~? 上空に魔物は……。いないよねぇ……? んん~っ??」
私が周囲を見渡して首を傾げていると、アージェさんが私を指差しながらマロンさんに詰め寄っていく姿が目に映った。
セレンさんも私から視線をはずしふたりの方向に顔を向ける。
アージェさんがマロンさんになにか言ってるみたいだけど……。ここからじゃなんて言ってるのか全然聞き取れないなぁ。ふたりで何を話してるんだろ?
下降しながらアージェさんとマロンさんの様子を眺めていると、アージェさんに詰め寄られたマロンさんがワタワタしながら自分の靴を指差してアージェさんに何かを説明し始めた。
その様子を見て私もピンときた。
「あっ!! そういえばみんなにまだ靴のこと話してなかったかも……」
「私はもうだいたい察しがついたの……」
道中は使う機会がなかったからなぁー。みんなが歩いてるのに私だけ飛んでるっていうのはちょっと抵抗があったし……。
「だからかぁー……」
私はマリーちゃんの方に視線を向ける。
口数が少なくて、いつも落ち着いた雰囲気のマリーちゃん。
そんなマリーちゃんがあんな風になる理由なんて、よく考えたらひとつしかないよね……。
「チカああああああーっ!! その靴っ!! 勇者様の妖精の靴でしょっ!? なんで教えてくれなかったの!?」
「いや……。これはガルフェザーシュー」
「お願いっ!! 見せて見せてえぇぇ~っ!!」
「いやだからこれは──」
「ねぇっ!! いいから早く降りてきてっ!?」
「あい……」
私の話も聞かずに、興奮した様子でピョンピョン飛び跳ねるマリーちゃんを見つめながら、私は大きな溜息をついた。
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