第148話 大迷宮攻略⑧

 

「チカさんの言う通り本当にもうひとりいたんですね……。えーと。ミーア……ルインさん?」


 マサキさんは「ん〜」と唸り声あげながら腕を組み少し考えた後、解せないといった表情でゆっくりと首を傾げた。


「やっぱり聞いたこともない名前だなぁー……。完全踏破ランキング1位のパーティーメンバーなら噂にならないわけないのに……。一体どうなってるんだ?」


 やっぱりマサキさんの記憶には『彼女』の。『ミーア』の記憶はないらしい。


「またミリアーヌさんに聞くことが増えちゃったなぁ……」


「ミリアーヌさん? あー。前チカさんが話してた女神様でしたっけ?」


「うん。今度は会ったら絶対に聞かないと。この大迷宮のこと。ミーアのこと。それにもうひとりの私のことも……」



 ミーア……。もうひとりの私が名乗った名前と同じ名前……。これは偶然? 


 ……いや。そんなわけないよね。


 もうひとりの自分と親しかった友人が同じ名前だったなんて偶然にしては出来すぎてる。どちらかといえば何かしらの繋がりがあるって考えたほうがよっぽど自然だ。


 例えば。ん〜、そうだなぁー……。もうひとりの私はミーアのことを知っててワザと彼女の名前を名乗ったとか? あとは……。可能性は低いけど、ミーアともうひとりの私が同一人物……とか?


 まぁ、それは考えすぎか。そもそも石碑に名前がある以上ミーアは私の妄想なんかじゃなかったってことだもんね。でもじゃあなんでもうひとりの私はミーアって名前を名乗ったんだろ? 


 っというかそもそもいつから私の中にいたんだろ……? 別に小さい頃に虐待を受けていたとか、何かトラウマを抱えてるってわけじゃないはずなんだけど……。


 んー。やっぱりこの世界に来てからって考えるのが自然かなぁ〜? そう考えると一番怪しいのはミリアーヌさんなんだよなぁ……。いやぁ〜! でも私を二重人格にする意味なんてないだよなぁー。んー! わからん! 


 だいたいミリアーヌさんはどうして私をこの世界に連れてきたんだろう……。


 私の頭の中で疑問や疑惑が次々と溢れ出しグルグル回る。答えなんて見つかるわけがないのにグルグルグルグルと──。



 しばらくして我に返った私は、大きな溜息をついた。


「えーと……。大丈夫ですか?」


「うん……。ちょっと考え事してただけだから。気にしないで?」


「考え事? そういえば変なこと言ってましたね。もうひとりの自分がどうとか……」


(あー。そういえばマサキさんにはもうひとりの私のこと話してなかったけ。んー。正直あまり気はすすまないけど……。さすがに話しとくべきかなぁー?)


 私がそんなこと考えていると、マサキさんが何かに気づいたかのような表情をして声をあげた。


「あっ! もしかして今更発症しちゃいました?」


「えっ? 何が?」


「……中二病?」


「ぶっ!?」


「あっ! いや別に馬鹿にしてるわけじゃないですからね!? 女性にもその……。そういう時期があるとは聞いてますし……。いい。いいと思います! カッコいいですよね! もうひとりの私!」


「ちっがああああ──うッ!! って言うか勝手に人のこと中二病認定するのやめてもらえないかな!? 別に私は中二病とかじゃないからね!?」



 私はマサキさんにもうひとりの私との経緯を簡単に説明した。はじめは半笑いで痛い子を見るような目をしていたマサキさんだったが、マリーちゃんとシィーの話を聞いてやっと信じてくれたみたい。


 まったく失礼しちゃうよね!! 人を中二病扱いするなんてさ! だから話したくなかったんだよ!! なにが女性にもそういう時期があるって聞いてるだよ。バッカじゃないの!? そんな時期あるわけが──。


 ……あっ。でも昔スカートを頑なに拒んだ時期はあったかも。今考えるとなんであんなに頑なに拒んでたのか分からないけど。恥ずかしいからとかそういう明確な理由があったわけでもなかったような……?


 あ、あれは中二病とは違うよね? そう! あれはきっと思春期的なやつだよッ!!



 ◆◇◆◇



 あれから周囲を探索したり、マリーちゃんとシィー達で宝箱の中まで確認したけど、デュランダルが見つかることはなかった。


 ゲームでは確か……。魔剣リベリオンの死体エフェクトが消えた瞬間、入れ替わるようにデュランダルが地面に突き刺さってたような……。


 えっ? まさか魔剣リベリオンを倒さないとデュランダルがでてこないとか、そういうオチじゃないよね……? それはそれで凄く面倒くさいんだけど!? だいたい魔剣リベリオンのリスポーン時間なんて覚えてないしッ!!



 ……いや。まだ見てない場所がだけあるか。


 私は黒い扉の方に視線を向けた。


 ん〜。でもそもそも開くのかな? あれ……。


 扉の前には無数の六角柱状の石英結晶が乱雑に隆起していた。どう見ても扉まで行けるようには作られていない。まるで扉だけ後から貼り付けたみたいに不自然だ。


 っていうか、この結晶って壊せるんだっけ? ゲームでは破壊不可のオブジェクトだったような……。


 う〜ん。まぁ、考えても仕方ないか。とりあえずなんでも試してみないとね! 


「……よしっ!」


 私は試しにブリュナークで六角柱状の石英水晶を側面から一閃した。


 接触面からの反発を覚悟していたが、意外にもたいした反発を感じることもなく、簡単に反対側へと振り抜くことができた。


「あれ? 意外に脆い?」


 な〜んだ♪ これなら扉まで行くのも全然問題ないじゃん! 


「よ〜し! 扉までこの調子でちゃっちゃとやっちゃうぞーっ!!」


 ──


 ─



「……チ、チカさん? あ、あなたは一体を何やってるんですかぁ……? そ、それって……。し、し、神聖結晶ですよね……?」


「ん?」


 石英結晶を根元から斬りまくって扉までの道作りに専念していると、イザベラさんが声を震わせながら、信じられないものを見るような目で私にそう問いかけてきた。


「神聖結晶? 石英結晶じゃなくて?」


「……教会が神の聖なる力が宿っていると公言している結晶石のことよ。王都の大聖堂で大切に保管しているって話だけど……。たしか。別名、何者にも破壊すること叶わぬ。神からの賜物。だったかしら?」


 私が首を傾げていると、セレンさんが神聖結晶について説明してくれた。


「そ、そうですよ!! どんな方法でも破壊できないはずなのに!!」


「えっ? パッキパキだったけど……。あっ。結晶違いとかじゃない?」


「─ッ!? あなたはまたそうやって……。そんなわけないじゃないですかぁ〜ッ!!」


 おふっ……。どうやらイザベラさんの口調が変わるくらい貴重なものだったらしい。


 いままでイザベラさんはポヤっとしてて神官らしさなんて微塵も感じかったけど、いまの彼女は誰がどう見ても立派な神官様だ。


 でも神聖結晶かぁ〜……。


 地面に無造作に散らばる結晶を見つめながら私は思考を巡らせる。


 破壊できないって凄く魅力的かも。ネームバリューもバッチリだし。なにより綺麗だし……。


 ……加工。できないかな? これ。 


 もし加工できたら──。ううん。加工できなかったとしても細かく砕いて売り捌けば、当面資金に悩まずにすむよねぇ……。


 キャッチフレーズは、神聖結晶の煌めきをあなたへ。


 ……ありだな。あと問題は販売方法をどうするかぁーだけど……。まぁそれは帰ったらメリィちゃんに相談って感じかな?



「……よし。アージェさん! マリーちゃん! 神聖結晶を全部回収するから手伝ってッ!!」


「……よし。じゃないですよッ!! 回収した神聖結晶を一体どうするつもりなんですかぁ!?」


「イザベラさん。私ね。昔から常々思ってたんことがあるんだ……」


「はぃ? 何ですか急に?」


「独占。あれってよくないよね……」


「……教会で管理するのではなく、住民達に分け与えるべきだと? そう言いたいんですかぁ〜?」


「いや。ちょっと違うけど……。まぁ。だいたいそんな感じかな?」


「だいたいそんな感じ……?」


「ハッ!! 貴女まさか……。神聖結晶を……う、売り捌くつもりなんじゃ……?」


 私はイザベラさんの問いに、肯定の意思を込めて満面の笑みで返した。


 みるみるうちにイザベラさんの顔色が真っ赤になっていく。


「なんですかその笑顔はッ!? 本当に売り捌くつもりなんですか!? 冗談ですよね!? そんなこと神に対する冒涜です!! 貴女はどういう思考回路をしてるんですかぁ〜!?」


「どういう思考回路って……。買った人はみんな幸せ。私のお財布はホクホク。売る以外に選択肢なんてなくない?」


「なあっ!? あ、あ、貴女という人はあああああああ──ッ!! 神聖結晶を。教会の秘宝を一体なんだと思ってるんですか!?」


「もういいじゃん。元聖女なんだから……」


「そういう問題じゃないですよぉ!!」


「はい。っということで。今から採掘作業を再開しまーすっ!! ほら! マロンさんもボーッとしてないで手伝って?」


「で、でもご主人様……」


「マロンさんのためでもあるんだよ? これが売れたら私についてきてくれたお礼にマロンさんにも追加のお給金をた〜くさん出してあげる! だから一緒に頑張ろ?」


「追加のお給金!?」


「ふふふっ。もちろん休暇もセットだよ?」


「お休みまでもらえるんですか!?」 


「やっぱりボーナスと休暇はセットじゃないとね♪」


「さすがご主人様ですっ!! わたし一生懸命頑張ります!!」



 いやぁ〜それにしてもメリィちゃんにいいお土産ができたなぁ〜! それにこれで私の生活はさらに安泰だ♪


「ちょっと待ちなさいっ!! まだ私の話は終わってないですよぉ!?」


 作業を再開するやいなや、イザベラさんが慌てた様子で私に駆け寄ってきた。


 しつこいなぁ〜……。迷宮にあったものだし、私が採取してるんだから私のモノでいいじゃん。欲しいならその辺にたくさんあるんだから自分で取ればいいのに。


 そんなこと考えながらなんとなくマロンさんのほうに視線をやると、マロンさんは何かを察したのか、無言でコクリと頷いた。


(ん?)


「きゃっ!! マロンさん!? 急にどうしたんですかぁ〜? いきなり抱きついてくるなんて……」


「ごめんなさい……」


「えっ? それはどういう……。あっ!! なんですかその縄は!? どこからそんなものを……。やめっ! やめてぇ〜ッ!!」 


「ごめんなさい! でも私の休暇と追加のお給金がかかってるんです!」


 おっー。元暗殺集団に所属してただけあって見事なお手並。マロンさんグッジョブ!!



 チカがニッコリ笑顔で拳を握り、親指をピンとたてて、マロンに向けて腕を勢いよく前に突きだすその一方で、一連のやり取りを眺めていた周囲の面々は、縛られて地面でモゾモゾしているイザベラに向かって哀れみの視線を向けながら、揃って苦笑いを浮かべた。

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