第147話 大迷宮攻略⑦ー石碑

 漆黒の大迷宮100階層。フィリア・クロニクル・オンラインでも一度は行ってみたい絶景スポットTOP3に入るほどの人気スポットだった。


 中央に円状に広がる光沢感のある漆黒の平地。その周囲を囲い込むように、地表と天井から隆起した無数の六角柱状の石英結晶から発せられる淡い紫色の光の粒子は、周囲を漂い四散しながら部屋全体を紫色に染めあげる。


 まさに『幻想的』という言葉がピッタリな場所だ。


 まぁー。単純に強くないと100階層まで来ることができなかったから、そのあたりの事情も絶景スポットに入った理由なのかもしれないけどね。


 それにしても……。


 私は奥にある黒い扉を見て首を傾げる。


 あんな扉あったっけ? 100階層ってワンフロアだった気がするんだけど……。



「綺麗……」


 私が黒い扉を眺めていると、マリーちゃんが空中を四散する紫色に輝く光の粒子をうっとりとした表現で眺めながら、感嘆の声を漏らした。


「お姉ちゃんにも見せてあげたかった……」


「あっ。マリーちゃん! 見せられるよ?」


「ホント? どうやって?」


「ふふふっ。私にはこれがあるからね〜♪」


 私はバックからスマホを取り出して、マリーちゃんに手渡した。


「ん? なにこれ? 板?」


 マリーちゃんはスマホを眺めながらキョトンとした顔で首を傾ける。


「シィー。マリーちゃんに使い方を教えてあげて?」


「まかせるの! マリー! 私が使い方を教えてあげるの!」


「ん。シィーちゃん。よろしく」


 シィーは得意げに胸を張るとマリーちゃんにスマホの使い方を説明し始めた。マリーちゃんはシィーが操作するスマホの画面を見つめながら「おっー!!」っと声を上げて、目を大きく見開いた。よく見るとウィル君とフィーちゃんも興味津々といった様子でスマホの画面を覗き込んでいる。


 スマホを握りしめて、一心不乱に周囲を撮影するその姿は、まるで小さい子供が初めてスマホを触ったときみたいで凄く可愛いらしい。


「チカさぁ〜ん!! ちょっとこっちに来てもらってもいいですかぁ〜?」


 マリーちゃん達の様子を見て癒されていると、マサキさんが興奮した様子で私の名前を呼んだ。


「ん? どうしたのぉーっ?」


「いいからこれ見てくださいよ!!」


「ん?」


 マサキさんが指差した方向を見てみると、見上げるほど大きな石碑が岩影に隠れてたたずんでいた。



 ◆◇◆◇



 悠久の時の流れを感じさせる古ぼけた石碑。


 所々ヒビ割れ、端々が朽ち欠けてはいるものの、それはフィリア・クロニクル・オンラインにもあった大迷宮を完全踏破した上位100パーティーの順位を記載していた石碑にそっくりだった。


 私は石碑に刻まれたパーティー名とパーティー加入者の名前を確認しながら、ゆっくりと視線を上げていく。


 アルバトロン……晴天の霹靂……凛花ちゃんを愛でる会……。


 どれも見覚えのあるパーティ名だ。


 外観は見る影もないほどボロボロだけど間違いない。これフィリア・クロニクル・オンラインにあった石碑と同じものだ。


 でもどうしてこんなものがこの世界に? ううん。今はそんなことより──。


 疑問を感じつつ、私はさらに視線を上げる。


 ……彼女が本当に実在したのなら。この石碑に彼女の名前が刻まれてるかもしれない。



 ──『彼女』との出会いのきっかけは私の一方的な強者への憧れだった。きっと『彼女』にとってはよくある出会いのひとつだったに違いない。


 狩りを手伝ってほしい。話してみたい。装備を恵んでほしい。パーティーに勧誘したい。


 目的は様々だが、強くなればなるほど良くも悪くも人が寄って来る。今でもどうして『彼女』が私と遊んでくれてたのか分からない。


 他の人達と同じように声をかけた私を敬遠してもおかしくなかったのに……。一度だけ本人に聞いてみたけど、笑って上手くはぐらかされてしまった。



 ……同じ時間を『彼女』と共に過ごしていく中で、私は次第に彼女の人柄に惹かれていった。


 ……『彼女』と一緒にあの世界で冒険をするのが何よりも楽しかった。


 気さくで明るくて…… 気が強くて強引で……でもどこか憎めない……私の大切な友人……。




  ── 「……『ちぃー』って有名なソロプレイヤーでしたよね?」



 城の城門でマサキさんに言われた言葉が脳裏をよぎる。


 マサキさんは『彼女』のことを何も知らなかった。名前どころか噂のひとつでさえ聞いたことがないって。そう言ってた。


 けどそんなこと普通なら絶対にありえない。『彼女』は私が知る限り最強のプレイヤーだった。そんな人が話題にあがらないわけがない。嫌でも目につく。


 でも私も『彼女』の名前をどうしても思い出せない。誰よりもずっと一緒にいたはずなのに……。


 心臓が強く脈打ち息苦しい……。不安、期待、恐怖。色々な感情が入り混じり心が騒つく……。


 私は視線をさらに上へ。


 ……もし。元の世界にいた頃から二重人格だったとしたら? もしくはその兆候。……そう。例えば存在しない人物をあたかも存在していたかのように妄想……していたとしたら……?


 私は不安を振り払うかのように首を横に振り、視線をさらに上げる。


 ──


 ─




 ──第1位 パーティ名:レナトゥス


 

「……レナトゥス」


 『彼女』がパーティーを作るとき必ずつけていたパーティーの名前だ。


 もっと可愛らしい名前にしようって私は言ったのに。いつもこのパーティー名にするんだから……。


 視線をゆっくりと右へ。



 ── パーティー加入者:ちぃー



「私の名前……あとは……?」



 視線を僅かに右へ──移動させた瞬間。私の不安は一瞬で消え去り、心臓の鼓動が耳障りに感じるほど激しく高鳴った。


「えっ……?」


 私の名前の隣には『彼女』の名前が刻み込まれていた。まるで彼女の存在を証明するかのように深々と……。



 『彼女』の名前は……。



 ──『Miiaミーア--ruinルイン



 もうひとりの私が名乗った名前と同じ名前。

 

 それが私の憧れた『彼女』の名前だった……。

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