第145話 大迷宮攻略⑤ー マサキ視点1

「── さあっ!! じゃあちゃっちゃとブラックドラゴンを倒しちゃいましょ〜!」


 イザベラさんの手によって90階層のBOSSの部屋の扉が開かれた。


 全員が部屋の中に入ると地表に巨大な魔法陣が描かれ始めた。俺はみんなに指示を飛ばし、魔法陣から発せられる眩い光を見つめながら武器を構えた。


(さっきは情けない姿をみんなに見せちゃったからな……。励ましてくれたみんなの気持ちに応えるためにも、今は何も考えず戦闘に集中しないと……)


 俺は武器を握る手にグッと力を込めた。


(こいっ!! ブラックドラゴン!! 出現した瞬間、俺の全力の光魔法をお前に叩き込んでやるッ!!)


 恐怖心に呑まれないよう、己を奮い立たせながら、俺は魔法陣の中心地を見つめた。


 恐怖心と高揚感が入り混じる中。視線の先で、魔法陣から発せられていた光の光明は徐々に弱まり、光の中から俺達の前に姿を現したのは──。



 ──豪華な宝箱だった。


(へっ……?)


 ピンと張り詰めていた空気は一瞬で霧散し、なんとも言えない微妙な空気と沈黙が周囲を包み込んだ。


「…………」


 予想外の状況に思考はついていかず、呆気にとられた俺達は、宝箱を見つめたままその場に立ち尽くした。


 ──呆然とした時間が数秒ほど経った頃。


 ふと80階層で見たフェンリルの不可解な行動が脳裏によぎり、俺はチカさんの方に顔を向けた。


「だからどうして私を見るの!?」


 みんなの顔を見渡しながら、必死に自分のせいじゃない! と否定するチカさん。どうやら皆してチカさんの方に振り向いたらしい。


 まぁ、それも当然ちゃ当然の反応か。どう考えても原因があるとしたら、この人だもんなぁー……。



 ──


 ─


 チカさんと合流する前。俺たち3人だけで大迷宮を攻略してた時は、異変イレギュラーなんて何一つ起きなかった。


 BOSSは普通に召喚されたし、召喚されたフェンリルも俺達に気がつくと、他の魔物同様有無を言わさずといった勢いで俺達に襲いかかってきた。実際、俺なんて腕を食い千切られてるしね……。


 それなのにチカさん達と合流した途端。あの獰猛だったフェンリルは飼い犬のように大人しくなり、あろうことかチカさんの言葉を理解して、必死に役に立とうと奮闘しながら嬉しそうに尻尾を振る始末。


 あの時もし、『この大迷宮のラスボスって実は私なんだよね』って、チカさんに言われても俺は驚かなかったと思う。


 やっぱりね。って感じだよ。正直……。だって完全にペットとご主人様だったからね。



 それにたぶんチカさんが原因だと考えているのは俺だけじゃない。直接聞いたわけじゃないけどセレンさんとイザベラさんもおそらく俺と同じ考えだ。


 というのも、80階層でフェンリルが頭を下げて服従している様子を見たときに、最後までチカさんに理由を追求してたのがセレンさんとイザベラさんだったからだ。


 Sランクになるために数多くの魔物達と戦ってきた彼女達だからこそ、あの状況は理解しがたいものだったんだと思う。


 それなのにチカさんときたら──。


「私は何も知らないってば!! あっ。そうだっ!! きっとマサキさん達とたくさん遊んだから、機嫌が良かったんじゃないかな!?」


 ──だってさ。


 いやいや。あり得ないでしょ。犬じゃないんだから……。そもそもフェンリルがチカさんに服従してる理由の説明にすらなってないし。


 あの時のポカーンとしたセレンさんとイザベラさんの顔は今でも忘れられないよ……。


 ──


 ─


 ん〜。絶対にチカさんの影響だと思うんだよなぁ〜。例えば。そうだな……。


 追求されたくない! ってチカさんの気持ちを察してブラックドラゴンが気を利かせたとか?


 ……ははっ。馬鹿げた妄想だけど、一概に有り得ないとも言い切れないところがチカさんの恐ろしいところだ。


 ちなみにセレンさんとイザベラさんは、今回はチカさんを追求したりはしなかった。色々と諦めた顔をしているので、たぶん聞いても無駄だって悟ったんだと思う。


「この鎧。なんだか凄く頑丈そうなの。マリー。これは何でできてるの?」


「ん。この鎧は……アダマンタイト製? すごい。さすが最下層」


「マリー! 私が見つけたのも見て欲しいのです! ほらこれ! 綺麗な髪飾りなのです!」


「ん。これは……。すごい。少量だけど魔力が自動回復する付与がついてる。大当たり」


「ひゃっふぅーッ!! じゃあフィーの勝ち〜♪ シィルフィリアちゃんの負けなのです!」


「はぁ〜!? 別にフィルネシアと勝負なんかしてねぇの! それにあの鎧は私が見つけたやつの中でも最弱! 私の本命はこっちなの!」


 マリーさんはシィーちゃんとフィーちゃんの妖精姉妹と和気あいあいといった様子で、楽しそうに宝箱の中身を確認している。


 フェンリルの時もそうだったけど、マリーさんは平然としてるよなぁー……。マリーさん。今回のことどう考えてるんだろ? 後で聞いてみるか。


 ……ていうか、シィーちゃんはどこの四天王だよ。あれは絶対にチカさんの影響だろ……。



 ◆◇◆◇



 宝箱の中身を回収して90階層を後にした俺たちは、その後も順調に大迷宮の攻略を続けた。


 91〜99階層に足を踏み入れるのは勿論初めての経験だったけど、チカさんのおかげで特に迷うこともなく進むことができた。


 対峙する魔物は相変わらず大型の魔物ばかりだ。


 まぁー。それも情報サイトで見たことある魔物ばっかりだし、戦力も十分すぎるほど揃ってるからたいした問題じゃなかった。


 ……っていうかチカさん。魔物と出逢うたびに、ほらね? みたいな顔するのやめてもらえませんかね? 反応に凄く困るので。


 BOSSがでてこないのは自分のせいじゃないってアピールしてるつもりなんでしょうけど、はっきり言って無駄ですからね? 


 その程度じゃフェンリルが頭を下げたインパクトは消し去れません!


 ──


 ─


 大迷宮95階層。ここまで来るのに大体3時間ほどかかった。あれから幾度となく魔物との戦闘をこなしているが、正直なところ戦いに対する恐怖心はまだ拭えてない。


 ……でも少し冷静になって考えてみると、元の世界もこの世界と同じだったんじゃないかって考えるようになった。


 日本でも交通事故や殺人は日常茶飯事だったし、生活的な困窮や、外的要因で精神面の不調をきたし、自ら命を落とす人も少なくなかった。国によっては戦争で、抵抗する暇もなく命を奪われた人達も大勢いるだろう。


 他人事だからっと無意識に目を背けてきただけで、元の世界も危険がなかったわけじゃなかったんだ。


 ……まぁ、だからってわけじゃないけどさ。もう少しだけ俺はこの世界で頑張ってみようと思う。


 セレンさんやイザベラさん。それにウィル君にハート様。王城の兵士達に街の人々──。


 俺を信じて期待してくれている皆のためにも。なにより自分自身のためにもね。


 まぁー! それにこの世界なら例え手足が吹っ飛んでも、上級ポーションや回復魔法を使える仲間さえいれば早々に死ぬこともないし、生活水準は元の世界とは比べものにならない程いいしね!!



 ……とはいえ屈強な魔族達を束ねる魔王と、戦う覚悟なんていまの俺にはない。


 魔族と戦ったことはまだないけど、ハート様や城の兵士達に聞いた話によると魔族達は人間とは比べものにならない程、強靭な肉体と高い魔法適性をもっているという。


 話を聞く限り完全に人の上位種だ。数百年前の勇者はよくそんな奴等を蹴散らして、その頂点に君臨した魔王を倒したもんだよ。ホントに。


 まっ。俺にもチカさんみたいな加護さえあれば、魔王だろうがドラゴンだろうがドンっと来いっ! って感じなんだけどね!

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