第144話 大迷宮攻略④
「マサキ。あんたそれ本気で言ってるの?」
マサキさんの生き返れないんですか発言を聞いて、セレンさんの雰囲気が一変。
おもわず背筋がピン!っと伸びてしまうぐらいシリアスな雰囲気を漂わせながら、セレンさんは真剣な表情で真意を確かめるようにジッとマサキさんを見つめた。
「え? いやだって……。そうじゃないとおかしいじゃないですか!? 死んだら終わり? そんなんでどうやって魔王と戦えっていうんですか!?」
「おかしい? 魔王だって死ねば終わりなのに、なにがそんなにおかしいの?」
「それは……」
「だいたい私からしてみたら生き返ることができるって話のほうがよっぽど不条理だわ」
「不条理?」
「だってそうでしょ? 至る経緯はどうあれ死は種族、思想関係なく平等に訪れるものよ。じゃあそのバランスが崩れたら? 一体どうなると思う?」
「どうなるって……。死なずに済むならそれに越したことはないんじゃないですか? 誰だって死にたくはないですよね?」
「マサキ。それじゃ答えになってないわ。……確かに誰だって死にたくはない。生き返ってほしい……。もう一度会いたい……。そういう想いを抱えてる人はたくさんいるでしょうね」
どこか寂しげな瞳でそう語るセレンさんの言葉には、不思議と説得力があった。そう。まるで実際に見て体感してきたかのようなそんな言葉の重み……。もしかしたらセレンさんは私が想像もできないほど多くの死を目の当たりにしてきたのかもしれない。
「……でもね、マサキ。生き返ることができるようになったら世界は今より確実に乱れるわ」
「乱れないですよ!!」
「どうして? なにを根拠にそんなことが言えるの? 生き返るのが善人だけとは限らないのに」
「うっ! それは……」
セレンさんの言ってることはもっともだ。もし生き返る方法が確立されれば生き返るのが善人だけとは限らない。どんな条件で生き返れるのかにもよるけど、この世界の秩序が乱れるのは確実だろう。
まぁ、マサキさんはそこまで考えて言ってるわけじゃないんだろうけど……。
いやぁー、それにしてもこの話一体いつまで続くんだろ? 正直、物凄く気まずいんだけど……。
マサキさんが未だにゲーム感覚だったことにも驚いたけど、セレンさんのこの豹変ぶりにはビックリだよ。よほどマサキさんの反応が癇に障ったのか。それとも何か思うところがあるのか。……とりあえず今私にできることはたった一つだ。
頑張れ勇者!! 私のことはぜ〜ったいに巻き込まないでねっ!!
私がそんなことを考えていると、口ごもるマサキさんを見てセレンさんが呆れたように溜息をついた。
「それともマサキ達のいた世界では死んだ人間を生き返らす方法があったの?」
「…………」
マサキさんは無言で首を横に振りうつむいた。
「そっ。じゃあマサキ達の世界も私達の世界も同じじゃない。今更何を怖がってるの?」
「……ッ! 同じなんかじゃない!!」
不安や恐怖。そういった感情を吐き出すかのようにマサキさんは声を荒げた。
「俺は今まで命のやり取りどころか喧嘩だって1度もしたことがなかったんだッ!! なのに突然こんな世界に召喚されて……。挙げ句の果てには命をかけて戦え? ふざけるなッ!! そんなのまともな神経をもってたらできるわけないじゃないか!!」
「「……」」
マサキさんの話を無言で聞いていたマリーちゃんとシィーがスッと顔をこちらに向けてきた。
(なぜそこで私を見る!? 私は十分まともでしょ!?)
「どうして俺なんかを召喚したんだよ!? 他にもっと。俺なんかよりもっと強い人が沢山いたのに……」
「マサキ……」
「んー、そんなに嫌ならもう勇者辞めちゃいますぅ?」
「「えっ?」」
あっけらかんとした様子でふたりにそう提案したのはイザベラさんだ。
イザベラさんの提案が意外だったのかマサキさんとセレンさんはポカーンとした表情でイザベラさんを見つめている。
「だって嫌ならもう無理に戦う必要なんてないじゃないですかぁ〜? チカさんがいれば『勇者』は量産できるんですよぉ?」
(うん。それはそう。そうなんだけどね……。イザベラさんはあれかな? マサキさんにトドメを刺そうとしてるのかな? マサキさんが今にも泣きだしそうなんだけど……)
「あっ! 私は別にマサキが嫌いでこんなことを言ってるわけじゃないんですよぉ? でもそんなに怖いなら無理する必要なんてないと思うんです。マサキが言ってることも分かりますし……。だからマサキがしたいように生きればいいと思いますよぉ?」
「俺がしたいように……?」
「はい! もちろんマサキが一緒に戦ってくれるって言うなら、私は一生懸命マサキを守りますよぉ〜! マサキのこと嫌いなわけじゃないですからね! どちらかというと好きかも? セレンさんも同じ気持ちですよね?」
「え? え、えぇ。そうね。……いまの心構えはどうかと思うけど。私もマサキが頑張るって言うなら、戦士としての心構えができるまで見守っててあげてもいいと思ってるわ」
「もぉ〜! セレンさんはホント素直じゃないですねぇ〜! 素直に成長するまで守ってあげるって言えばいいじゃないですかぁ〜!」
「べ、別にいいでしょ! 言ってることは同じじゃない!」
「セレンは昔から素直じゃないんだぜぇー! ホントはマサキのことが心配でしょうがないくせに」
「ちょっと! ウィル!! 余計なこと言わないで!!」
「セレンさん……。イザベラさん……」
どうやらイザベラさんはマサキさんにトドメを刺そうとしてたわけじゃなかったらしい。マサキさんも私と一緒で仲間に恵まれたってことか。良かったね! マサキさん!
「……ふたりともありがとうございます。俺……。もう少しだけ頑張ってみようと思います。チカさん達も待たせてしまってすいません」
「ん。気にしないで? 怖くて当たり前。私だって死ぬのは怖い。一緒に頑張ろ?」
「マリーさんの言う通りです。私にも似たような経験があるのでマサキさんの気持ちは痛いほどよく分かります……。一緒に頑張りましょう! 強くなれるように。憧れに追いつけるように!」
アージェさんはガルーダの時のことを言ってるのかな? 確かにあの頃のアージェさんはどこか今のマサキさんと雰囲気が似てたような気がする。
「マリーさん。アージェさん……。ありがとうございます。一緒に頑張りましょう!」
「……私は別に帰っても良かったんだけどなぁ〜」
「はぅ。私もご主人様の意見に激しく同意します……。もう帰りたぃ……」
マロンさんは私の意見に同意するように頷くと、蚊の鳴くような声でポツリと呟いた。
良かった。マロンさんは私と同じ気持ちだったみたい。私はうつむくマロンさんの頭をソッと撫でた。
そんな私たちを見てマサキさんが愛想笑いを浮かべる。
「あはは……。チカさんはホントブレないですね。でもよく生き返れないと分かっててブルードラゴンに挑戦できましたね? 怖くなかったんですか?」
「んー。はじめてじゃなかったからね。それにあの時はメリィちゃんの安否と、前を走ってたマリーちゃんに追いつこうと必死だったから。そんなこと考えてる余裕もなかったかなぁー」
「ふ〜ん? そういうもんですかね? 俺からしてみたらそれって、死の恐怖を克服してるってことじゃないのかなぁー、なんて思っちゃいますけどね。……だいたい道中で考えなかったんですか? 怖いーとか。死んじゃうかもしれないーとか」
「……そういえばあまり考えてなかったかも」
言われてみればそうだ。どうして今まで考えなかったんだろ?
私だってマサキさんと同じように元の世界で普通に生きてきた。普通に義務教育を終えて、普通に高校、大学をでて……。
少なくとも命のやり取りなんかとは無縁の普通の生活を送ってきた。
そりゃゲームでならたくさんのMOBを倒してきたよ? でもそれはあくまでゲームの中での話であって、現実と混合するほど私だって馬鹿じゃない。
……じゃあどうして?
──初めて魔物と戦った時は恐怖は全くと言っていいほど感じなかった。あの時はまだゲーム感覚が抜けてなかったんだと思う。
けどガルーダの時はそうじゃないよね? 恐怖はあった。明らかに格上の相手だったし、そんなのが2匹もいた。怖いと思うのは当たり前だ。
……けど戦意を失うほどじゃなかった。
よく考えたらそれっておかしくない? どうして私はガルーダを見て戦意を失わずにいられたんだろ。ううん。そもそも街のあの惨状を見てどうして私はマイちゃんのお母さんや、マリーちゃん、メリィちゃんの安否を心配するほど冷静でいられたんだろ? 必死だったから? ……本当にそれだけ?
私が無言で考え込んでいると、シィーが私とマサキさんの間に入り、人差し指を立てて得意げな顔で左右に振った。
「チッチッチ。お前はまだチカのことをまったく分かってないみたいなの」
「というと?」
「チカはいつだって深く考えたりしねぇの!! 思いたったらすぐ行動! 怖いとか死んじゃうかもしれないなんて、そんな余計なこと考えてるわけねぇの!!」
「……はい?」
私が呆気にとられていると、アージェさんが目を輝かせながら「余念を持たないその姿勢。さすがチカさんです!!」とか言い始めた。
いやいや。確かに考えてなかったよ? 考えてなかったけどさ……。シィーの言い方はなんか違くない!? それじゃまるで私が考える前に行動しちゃうダメな子みたいじゃん!!
「思いたったら即行動……? それってなにも考えてないだけなんじゃ……?」
セレンさんはポツリとそう呟くと、私の視線に気付いたのか。私の方を見て一瞬ハッとしたような表情を浮かべ、申し訳なさそうに視線を落とした。
「いや考えてましたけど!? ちょっとシィーッ!! 誤解を招くような言い方するのやめてよ!」
「むっ。私は本当のことを言っただけなの! だいたいチカがよ〜く考えて行動したとこなんて今まで見たことねぇの!」
「いやあるでしょ!? ねっ、マリーちゃん!」
私はマリーちゃんに視線を送る。
私と目が合ったマリーちゃんは、困惑の表情を浮かべた。
「……ごめん。私も見たことないかも?」
「あれれ〜ッ!?」
えっ!? あるよね!? なんかふたりを納得させるようなエピソードってなかったけ!? んんっ〜っ!
ガルーダと戦ったときは……。あー。メリィちゃんとマリーちゃんの姿を見て即決しちゃったか。あ、あれ? じゃあ大迷宮にいるメリィちゃんを助けに行く時はどうだったけ? ……そうだ。マリーちゃんの涙にやられて即決したんだった。王都の牢屋に閉じ込められたときは……。うん。考えずに脱走してメリィちゃんに怒られたっけ……。
……あれ? ないか……も?
えっ? じゃあ今まで私が戦意を失ったりしなかったのは、深く考えずに即行動しちゃってたからってこと!?
「ぷっ! あはははは!! 思いたったら即行動! いいですねそれ! 俺もチカさんを見習って即行動を心がけてみようと思います」
「ふふっ、それもいいかもしれないわね」
「ですねぇ〜! 考えるのは私とセレンさんに任せちゃってください! さあっ!! じゃあちゃっちゃとブラックドラゴンを倒しちゃいましょ〜!」
イザベラさんはそう言うと、BOSSの部屋へと続く扉を勢いよく開けた。
若干複雑な心境でBOSSの部屋に入ると、いままでと同様に眩い光を放ちながら、部屋の中央に大きな魔法陣が描かれていく。
「ブラックドラゴンは強敵です! みんな油断しないようにしてください! チカさんとアージェさんは俺と一緒に前に来てください!」
「ウィル! みんなに補助魔法を!」
「了解だぜぇーっ!」
「アージェさん!! ブラックドラゴンが出てきたら、俺と一緒に即光魔法をぶち込んでやりましょう!!」
「ふふふっ! 任せてくださいマサキさん!! 思いっきりぶち込んでやりますとも!」
みんな気合い十分。マサキさんも扉の前で見せた弱々しい姿がまるで嘘だったかのように、精悍な顔つきで部屋の中央を見つめている。
ピーンと空気が張り詰めていく中、光の中から姿を現したのは。
──宝箱だった。
それも金の装飾が施されたちょっとだけ豪華な宝箱だ。苦労の末に手に入れたものならきっとみんな感動したに違いない。
「「「「…………」」」」」
しばしの無言。
なんとも言えない気まずい空気が漂う中、示し合わしたかのようにみんな一斉にスッ…と私の方へ顔を向けた。
「だからどうして私を見るの!?」
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